青の追憶 11

「あれ? 城への道はこっちではないのですか?」

「城へ届ける荷物を取りに行くんだよ。近くに保管してあるんだ。だからこっちの道」

「あぁ、そういえば荷物を持っていませんね」

フレッドさんは、大通りから小さな道へと入っていく。私もその後についていった。

「ここでちょっと待っててくれるかな? 奥から荷物を取ってくるから」

フレッドさんはそれだけ言うと、奥の部屋へと入っていく。

私は近くにあった椅子に座った。室内に物というか家具はほとんどない。椅子とテーブルと、木箱が隅のほうに積まれていた。奥の部屋が荷物の一時保管場所になっているのかな?

 

窓の外を見ながら考える。あぁ、今更だけどちょっと緊張してきた。なんとかして、城の人から情報を聞きだしたい。というか、みんな神官の能力とか知っているのか? 特別な能力っていうのは、秘密にされるはずだし。出来るだけ神官に近い人物と知り合いになりたいんだけどなぁ。私は害のない人間です、という事を思いっきりだして、相手を信用させて情報を聞き出す。って、情報を聞き出す時点ですでに思いっきり怪しい。これはダメだ。もっと時間をかけて信頼を得ないと。

……城に通い詰めるしかない? それも厳しいよなぁ。今回だって偶然入れるようなものだし。うーん、今日城の中に入った時、神官の能力について誰か噂話とかしているとありがたい。ってそんな都合良い話があるわけないよね。

自分の考えに浸っていたので、気が付かなかった。ギュっと私の体を抱きしめる腕。

「へぇ、結構抱き心地がいいね」

「なっ、何!?」

何をされているのが一瞬わからなかった。

「サラは細いように見えたから、あまり期待していなかったんだけど」

「は? 何を言っているんですか?」

後ろから抱きしめられているという事に気づき、動揺した。

「ねぇ、サラ。君は確かセイディさんの所に住んでいるんだよね?」

フレッドさんは一人で話しだす。

「セイディさんは良い人だよね。息子のウィリーも元気があって可愛い。難民の君を家に置くくらいだ。二人とも君の事がとても好きみたいだね」

私はそれを黙って聞いていた。何を言いたいのかさっぱりわからない。というか、この状態であまり冷静に理解できない。

「噂で聞いたんだけど、ルースが君の事を連れて帰ったきたっていうのは本当? カリーナ達からもあまり詳しく聞けなくて」

「そ、それってフレッドさんと何か関係あるんですか?」

「まぁ、興味があって」

「……」

「ルースもサラの抱き心地が気に入ったのかな?」

「え?」

「君とルースはそういう関係なんだろう?」

耳元でそう囁かれ、私は自分でも分かるくらいに顔が赤くなった。

「顔が赤いね。当たりだ」

私の顔を覗き込むように見ながら、笑いながら言う。

「違います。ルースと私はそんな関係じゃありません」

「そうなの? でも、一緒の家に住んでいるんだよね?」

「それはそうですけど」

「じゃあ、やっぱり怪しいな」

「だから、違います! それよりいい加減離してください!」

「離したら逃げるだろう?」

「当たり前です」

「じゃあ、ダメだ」

だいたいなんでこんな会話をしなければいけないのだ。城へ持って行く荷物を取りにきただけなのに。……城? そうだ、城に行かなきゃ! 

「あの、ハヴィス城に持っていく荷物は?」

「でも、君とルースの間に何もなかったとして……、それはそれで興味あるなぁ」

人の話を聞いてない。

「何を訳の分からない事を言っているのですか」

投げやりな口調になる。

「相当サラの事を大切にしているのかな?」

「はぁ?」

「サラを連れて帰ってきて、一緒に住んでいるのに何もしていないのは大切にしているって事だよ」

根本的に間違っている。ルースが私を連れてきたのではなく、私が居座ったようなものだ。一緒に住んでいるのもセイディさんに言われたからだろうし。ルースが私を大切にしているかどうかなんて分からない。フレッドさんは思いっきり勘違いをしたままだけど、訂正するのが面倒くさくなってきた。もういいや、放っておけば。

「その話はもういいです。あと……、離してくれませんか?」

抱きつかれた状態というのは、落ち着かない。相手が男性なら尚更だ。

「ルースが大切にしている物を僕が先に手に入れるっていうのもいいなぁ」

「?」

「僕がサラを抱いたら、ルースはどんな顔をするかな?」

 

!!!

 

心臓が跳ね上がる。“抱く”の意味がどういうものくらいかは私にだってわかる。それが分かった瞬間、体が硬直した。

「僕ね、昔からルースが気に入らないんだ。ルースが大切にしている物を奪いたくなる。だけどあいつには執着心がないというか、大切にしている物などない、というように見える」

どこか、皮肉めいた口調だった。

「君が一緒に住んでいると知った時は驚いたよ。あのルースが見ず知らずの他人と一緒に住んでいる、とね。しかも連れて帰ってきたらしい。よっぽど大切な人なんだろうと思った。とにかく二人きりになるチャンスが欲しくて。そんな時、君がハヴィス城に行きたがっている事を知って、ちょっと嘘をついてみたんだ。案の定君は話に乗ってきた」

城へ荷物を届けているという話は嘘だったのか。簡単に信じた自分がちょっと情けない。フレッドさんは、ただ単にルースを傷つけたいがために私に近づいてきたんだ。ルースが私を連れて帰ったという作り話を信じて。

城の中に入れる、期待していただけに、ショックも大きい。また、ふりだしに戻ると思うと力が抜けた。涙も出てきそう。

「僕はルースの悔しそうな顔を見てみたい、と思ってしまうんだよ」

いつの間にかフレッドさんは私の目の前にきていた。

「だから、ごめんね。サラ」

柔らかい感触を首筋に感じた。

「……っ!」

思わず息をのむ。呆然と目の前の人を見つめる。

「サラの肌は白いから、痕がつきやすいかな」

笑いながら言われた。

「い、一体何を?」

フレッドさんは私の問いには答えず微笑を返してきた。笑顔なんだけど……、目が笑っていない。ヤバイ、と思った。そう思った時、フレッドさんは私を抱きしめながら

「サラ、逃げられないから諦めて」

と、耳元でささやいた。

そのまま耳に口付けをされる。身体がビクッっと反応した。

「なっ、や、止めて下さい」

「声が震えているよ?」

耳元から頬、そして首筋へと唇が移動していく。

ひぃっと心の中で叫ぶ。こういう展開は慣れていない。フレッドさんの手が私の背中をなぞる。なんか、なんか、気持ち悪い。悪寒がする。

逃げなきゃ、逃げなきゃ。叫ぼうにも大きな声が出ない。腕ごと抱きしめられているから突き放すこともできない。動くのは頭だけ。

――そうだ!!

私は頭を後ろに反らし、勢いよく前へと突き出した。

ゴツッ!!

 

「ぐっ……」

今だ! と私は腕を伸ばし、思いっきり目の前の人を突き飛ばした。木箱にぶつかり、ガタガタっと音がしてフレッドさんは床に倒れる。私はドアへと走り出した。

「サラッ!」

声が聞こえたけど、私はそのまま飛び出した。

こんなに走ったことないんじゃないだろうか? と思うくらいに走った。大通りに出て、人が増えても私はスピードを緩めなかった。セイディさんの家に戻るまで油断できない。とにかく逃げなきゃ! その一心で私は走り続けた。

「げ、限界。もう走れない……」

セイディさんの家までまだ距離があったけど、私は力尽きて走るのをやめた。後ろから追いかけてくる気配もないし、もういいや。歩こう。私は息を切らせながら、ヨロヨロと歩く。走りすぎて喉がヒリヒリする。頭もズキズキするし。さっき、手加減なしで頭突きをしたからだ。頭が割れるかと思うくらい痛かった。おでこを触ると、予想どおりたんこぶが出来ていた。

「あぁ、もう何なの一体。ツイてない。せっかくの手がかりかと思ったら違うし。っていうか騙されただけだし。なんで私がこんな目に……」

とブツブツ呟く。

「何を言っているんだ?」

「ぎゃっ!!」

飛び上がりそうになった。後ろには訝しげな表情をしたルースがいた。

「ル、ルース。どうしたの? こんな所で」

「家に帰る途中」

「あ、あぁ。そうね、家に帰る途中ね」

「なんか、アンタおかしいよ? さっきも猛スピードで走っていたし」

「み、見てたの?」

「あれだけ走っていれば目立つだろ」

私は必死に走っていたので周りの人なんか見ていなかった。

「頭どうした?」

「頭?」

「おでこ辺りが腫れているように見える」

「あ、ちょっと……ぶつけて」

本当は頭突きだけど。

「ふーん」

ルースは私の顔を見た後、少し下に視線を落とし、眉間に皺をよせた。

「どうかした?」

その表情を不思議に思った私は尋ねる。

「……別に」

それだけ言うと、歩き出した。それからしばらくの間、無言で歩いた。

「あ、あのさ。カリーナさんの所に来る、フレッドさんって知っているよね?」

「フレッド?」

「うん、荷物を運んでる人」

「知っているけど」

「えーと、その、ルースとフレッドさんって仲はいいの?」

「別に。ただの知り合い」

「そ、そう。昔、ケンカとかした?」

「ケンカするほどの仲じゃない」

フレッドさんがルースの事を気に入らないと言っていたから、昔ケンカしたのかと思ったんだけど、違うみたいだ。しかも、ルースもフレッドさんの事をあまり良く思っていない感じがする。お互い馬が合わないってやつ?

「フレッドと何か話したのか?」

「え? あぁ、世間話を少し」

さすがに本人に向かって、ルースの事気にいらないって言っていたよ、とは言えない。しかも襲われかけて、頭突きして逃げてきました、とはもっと言えない。

「ふーん、どんな世間話なんだか」

「?」

「あんたがどこで何をしようと、俺には関係ないけど、一つ忠告しておいやるよ」

「はぁ」

「フレッドはやめておいたほうがいい」

「どういう意味?」

「鏡で自分の事を見てみろ」

ルースはそれっきり家につくまで喋らなかった。

フレッドさんとは話さないほうがいいって事か? まぁ、言われなくてもそのつもりだけど。もう関わりたくない。

家に帰った後、鏡を見てみる。あー、たんこぶ結構大きいな。ズキズキと痛むはずだわ。おでこを押さえながら、鏡に近づいた。……あれ? 青アザができてる。こんな所ぶつけたっけ? 知らないうちに足とか腕に青アザができることはあった。だけど、首には出来たことないんだけど。小さいアザだからよく見ないと分からない。変な場所をぶつけたなぁ、私。これじゃまるでキスマークみたいじゃん。苦笑してしまった。ん? キスマーク? げっ! まさか……。鏡の中の私の顔がサーっと青ざめた。これってもしかしてさっきフレッドさんにつけられたもの? そういや肌がどうのこうのって言っていたような気がする。首筋に唇が触れたことも覚えているけど、まさか痕をつけられるとは思っていなかった。ルースが鏡を見てみろって言ったのはこの事だったのか。フレッドさんとそういう事をしていたと思われているみたいだし。確かにいきなりフレッドさんの会話を持ち出したしな……。今更本当の事言えない。っていうか、思い出すのと気持ち悪くなるから記憶から抹消したい。とりあえず、ここは気がつかないフリをして、忘れてくれるのを待つしかない。あぁ、本当にツイてない。なんで、こんな目に。

その日の夕食がとても気まずかったのは言うまでもない……。

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