青の追憶 12

結局、一からやり直しか。

ため息をつきながら、宿の掃除をする。一般人がお城に行く用事なんてないよなぁ。どこから神官の情報を探せばいいのかわかんない。はぁ……、とさらに大きくため息をつく。なんか最近、ため息ばかりだ。

あれ以来、当たり前だけどフレッドさんを避けている。仕事で偶然会うときもあるけれど、そういう時は軽く挨拶した後、必ず誰かと一緒に仕事をすることにしている。そうすると、フレッドさんは何も言ってこない。

だいたい、ルースが気に入らないからって周りの人間を傷つけようという考え方が嫌だ。まぁ、セイディさんやウィリーに危害を加えない辺り、頭を使っているのだろう。ここで生活をしている限り、表面上は好青年を演じているほうがいいに決まっている。その点、私はどこの誰なのかわからない人間も同然だから、傷つけるにはもってこいなんだろうなぁ。と、ぼんやり思った。

ダメだ。仕事はきちんとしなきゃ。今日は気が付くと、手が止まってボーッとしている。頭もなんとなく重い。精神的に疲れたのかも。明日のお休みは何も考えずにゆっくり寝ようっと。

♣ ♣ ♣

「サラ、朝ごはんは?」

控えめなノックが響いたあと、ドアの外から声が聞こえた。

「セ…イディさん……?」

声が掠れる。きちんと返事をしようにも、頭はボーっとするし、寒気はするし、身体がとてもダルかった。

「サラ? どうしたの? 入るわよ」

私の状態を見るなり、セイディさんは心配そうな声をだした。

「大丈夫? ってあんまり大丈夫じゃなさそうね。カゼかしら?」

「はい、たぶん……」

「きっと疲れが溜まってしまったのね。今日はゆっくり眠りなさい。熱はありそう?」

私は頷いた。

「だとすると、医者に行った方がいいんだけど、今はまだ動くのが辛そうね。とにかく午前中は寝ていなさい。今、飲み物持って来るわ。水分だけはとらないと」

「すみません」

「いいのよ。誰だってカゼくらいひくわ。少し待っててね」

セイディさんはそういうと、1階へ降りていき、水差しとコップを持ってきた。

「喉が渇いたら、これを飲んでね。じゃあ、また後で様子を見に来るわ」

「ありがとうございます」

私は水を少し飲んでからベットにバタリと倒れこんだ。キツイ。その一言につきる。熱があるから、身体が火照ったように熱いんだけど、寒気もする。典型的なカゼの症状だ。もう、寝るしかない。私は目を閉じた。

「……サラ、具合はどう?」

誰かが呼んでいる。

「ごめんなさい、眠っている所を起こしてしまって。どう? 具合は」

セイディさんだった。

「朝よりは少し楽に……」

「そう、でもまだ熱はあるみたいね」

セイディさんは私の額に触れながら言った。

「やはり医者の所に行きましょう。薬をもらえば、回復も早いわ」

「そうします」

「私が連れて行ってあげたいんだけど、これから仕事があって、時間が厳しいの。地図を書くから一人でも行けるかしら?」

「大丈夫ですよ。ハヴィスの街にも慣れてきましたし」

「そうだとは思うけど、やっぱりちょっと心配だわ」

「平気ですよ」

私は苦笑してしまった。

「あ、待って。確かルースが午後に戻るって言っていたような気が。ルースが帰ってきてから一緒に行くといいわ」

それはちょっと遠慮したいかも。まだ、なんとなく気まずいのだ。私はあの時のアザを見られた事を少し気にしていた。

「そんなに心配しないでください。本当に大丈夫ですから。薬もらって、大人しく寝てます」

「そう?」

「はい。もう少ししたら行ってきます。それよりセイディさん、時間は大丈夫ですか?」

「あ、そろそろ行かないと……。じゃあ、一応ルースにメモだけ残しておくわ。 あと、台所に軽く食べられるものを用意しておいたから、食欲があったら食べてね」

「ありがとうございます。あの、ウィリーは?」

「あの子は夕食まで、お友達の家にいるようにお願いしておいたの。サラの看病をする! って言っていたんだけど、看病どころか迷惑をかけそうな気がするし」

どうりで家の中が静かだと思った。いつもならウィリーが元気な声が響いているのだ。

「はい、これが病院の地図。ここから歩いて10分くらいよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、サラ、気をつけてね。私も夕食前には戻ってくるから」

「はい」

セイディさんはそれから少しした後、出かけて行った。私もあともうちょっとしたら病院に行こう。

セイディさんから教えてもらった病院はおじいさんが医者だった。どこの世界も医者は雰囲気が似ているなぁ。症状を伝えると、じゃあこれを食後に飲んでください、と薬を渡された。何かの葉っぱを細かくすりつぶしましたって感じの見た目。漢方薬みたいなものかな。私はそれを受け取り、病院を出た。

まっすぐ家に帰って眠ろうかと思ったけど、あまりそういう気分になれなかった。なんとなくだけど。私は少し考えてから、あの場所に行ってみようと思った。

「相変わらず人がいないな」

私はあの山の麓にきていた。ウィリーが教えてくれたお気に入りの場所。この場所を教えてもらった後、私は何回かここを訪れていた。一人で来るときもあれば、ウィリーと一緒の時もあった。

熱があるせいか、涼しい風が心地よい。私はいつも座っている大きな石に腰掛けた。川のせせらぎの音と、遠くから鳥のさえずりが聞こえる。静かだなぁ。

私はボーっと川を見つめながら考えた。この先、どうしようかな……と。ハヴィスの街に来て、もうすぐ3ヶ月になる。なのに、全然元の世界に戻れる気配がない。会社辞めていてよかった。もし、働き続けていたら迷惑かけるしなぁ、ってそういう問題じゃないな。

お母さんは心配しているかな? 最近、忙しかったからほとんど実家に帰っていなかった。だけど、こんな事になるのなら帰っていればよかった。いくら遠いといっても新幹線で通える。次元が違うこの世界よりは、ずっと近い。今頃、何をしているんだろう? 警察とか行ったりしているのかな……。いかん、暗くなってきた。

それにしても私って結構しぶといかも。最初は戸惑ったけど、ちゃんと生活が出来るとわかると、この街にすぐ慣れた。ハヴィスの街はとても良い所だし、生活するには困らない。もしもだけど、元の世界に戻れなかった場合はここで一生過ごすんだと思う。だとしたら、いつかはセイディさんの家も出ないといけないかな。それは少し、いや、かなり寂しいかも。だけど、こちらの世界の25歳の女性って結婚している人が多い。もしくは一人住まい。……やっぱり家を出ないとダメか。いつまでもセイディさん達に甘えていてはいけないよなぁ。

待て待て。こちらでどうやって生きていくかより、やっぱり元の世界に戻る方法を探すのが先決だよね。まだ3ヶ月しか経っていない。いつか神官に会えるかもしれない。もう直接会いに行こうかな。ダメ元で。運がよければ話くらい聞いてくれるかも。運が悪かったら……、怪しい人物として投獄とか? それは困る。そんな事をされるくらいなら、難民としてでもいいから普通に暮らしたほうがいい。

あー、もう! 結局どうすればいいのかよく分からない。さっきから同じことばかりグルグル考えていて、ちっとも考えがまとまらない。熱のせい?

「サラ!!」

この声は……、ルース? 驚きながらも声のするほうを向いたら、樹木の間をすり抜けながらルースがこちら側に駈けて来た。なんでルースが? とか思いつつ、ボケーっとその姿を見ていた。

「こんな所で何してるんだよ!」

到着するやいなや、怒鳴りだす。あっけにとられた。

「いつまで経っても家に戻ってこないから、医者の所だろうと思って迎えに行ったら、かなり前に帰ったって言われるし。一体、何をしていたんだ?」

「何って……、散歩」

「なんで熱があるときにわざわざ散歩なんだ? しかも山の中」

「ちょっと気分転換に」

としか言えない。

「……何かあったのか?」

「いや、別に何もない、です」

「なんだ、その歯切れの悪い言い方は」

ルースの突き刺さるような視線が痛い。私はルースを見ていられなくて視線を逸らした。まっすぐ家に戻らず、フラフラ歩いていた私が悪いんだろうけどさ。でも、私は子供じゃないんだし、そんなに怒らなくてもって思うのは言い訳だろうか。

はぁ、とルースはため息をついた。

「もういい。早く帰るぞ。これ以上カゼが酷くなると、セイディに俺が叱られる」

「なんで?」

「メモに書いてあったんだよ。しっかり看病しろって。あんたの症状が酷くなっていたら俺のせいだって」

「ごめんなさい」

いくらなんてもそれはルースに悪いと思ったので謝った。

「いいよ、別に」

「あの、もしかしていろいろ探してくれたの?」

ルースはさっきから汗を拭っていた。かなり走らせてしまったのだろうか?

「別に」

やけに答えがそっけない。顔が少し赤いのは、照れているからなのか、走ったせいなのかよく分からなかった。私は持っていたタオルを川の水で少し濡らし、ルースの額に押し当てた。

「本当にごめんね。えーと、その、あと、ありがとう」

意味不明なお礼になってしまったけどまぁいいや。

「タオルが必要なのはあんたの方だろうが」

苦笑された。

「私、そんなに熱があるように見える?」

「あぁ。もう行くぞ」

それだけ言うと、私の前に背を向けてしゃがみこんだ。

「どうしたの?」

「乗れ」

「……」

「早く乗れ。背負ったほうが早く帰れる」

そうかもしれないけど、さすがにそれは申し訳ない。

「普通さ、両腕でそっと抱き上げるんじゃないの?」

抱き上げて欲しかった訳ではない。こう言えばルースは、わがまま言うなら自分で歩け、と言ってくれると思った。だけど、答えは違った。

「あれは腕が疲れるんだ。それに山の中を歩くのに足元が見えないのは危ない。はやくしないと荷物みたいに担ぐぞ」

それは……、困る。諦めた私は素直に背中に乗ることにした。

「えーと、お邪魔します」

「行くぞ」

私を背中に乗せると、スッと立ち上がった。いきなり視界が高くなる。

「うわっ」

慌ててルースにしがみついた。

ルースは山の中をゆっくり歩く。山だし、足場が悪いからだろう。

「本当にごめん」

「謝らなくていい」

「う、うん。あ、重くない?」

「重い」

「お世辞でも軽いって言えないの?」

むっとしてしまった。昔に比べて体重が増えてしまったことを気にしているのに。

「ウィリーよりは重い」

比べる対象はウィリーなのか。

「ルース」

「今度はなんだ?」

「あのさ、さっき始めて名前呼んでくれたよね」

「……」

「私、ちょっと嬉しかったな。家族って認めてくれたような気がして」

ルースは何も言わない。私は気にせず話し続けた。

「さっき、ずっと考えていたんだけど。もし、もしも、元の世界に戻る事が出来なかったら、私、セイディさんの家にいてもいいかな?」

少しだけ沈黙があった。

「いいんじゃないか? セイディもウィリーもあんたの事を家族と思っているみたいだし」

「ルースは?」

「は?」

「ルースはどう思う? 私がいても邪魔だとか思わない? 一番最初、反対していたでしょ」

「反対は……、してない」

「怒っていたように見えたけど」

「怒ってもいない」

ルースは、小さく息をはいた。そして、前をまっすぐ見ながら言う。

「俺は、あんたが居たい所にいればいいと思う」

「え?」

「……サラが居たいと思う場所、そこにいればいいと思う」

嬉しかった。名前をもう一度呼んでくれたこと。私が居たいと思う所にいればいい、と言ってくれたこと。

「そっか。じゃあ、もし戻れなかったら、一生セイディさんのお家で暮らそうかな」

「そうしたいならそうすればいい」

ルースはきっぱりと言った。私は腕をルースの身体に回して、軽く力を込めた。

「私、こっちの世界に来て、初めて出合った人がウィリーで良かったな。ウィリーの家族がセイディさんとルースで本当に良かった」

さっき、川の近くにずっといたからまた熱が上がってしまったのかも。やけに身体が熱い。頭もボーっとしている。私はルースの広い背中に寄りかかりながら、そのまま眠ってしまった。

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