青の追憶 13

「これは?」

ルースが紙に書いた言葉を指差す。

「折り紙?」

「オレンジだ。だいたいオリガミってなんだよ?」

「紙を折って、いろいろな形を作る遊び」

「変わった遊びだな」

「そう?」

「まぁいい。じゃ、次。これは?」

「バルーン?」

「……スプーンだ」

「あぁ、スプーンね」

なるほど。

「おい、台所にある物を書くって言っただろうが。さっきからオリガミとかバルーンとか訳分かんない単語ばかり答えるのはなぜなんだ?」

「そう読めたから」

「お前、文字覚える気ないだろう」

「いやいや、あります。ちょっと苦手なだけで」

「ちょっと?」

「……ごめん、かなり苦手です」

「だろうな」

ルースはそう言うと、ペンをテーブルにおいてはぁとため息をついた。もの覚え悪くてすみません、と私は小さくなる。

アルヴィナの文字、難しいんだよなぁ。元の世界で例えるなら、中東辺りの文字になるのかな? 直線と曲線と点が交じり合った、模様みたいな文字だからさっぱり分からない。

「ルースの教え方が下手なんじゃないの?」

私達のやりとりをみていたセイディさんが言った。

「俺のせいかよ!」

「あんた怖いのよ。そんなんだから、きっとサラは緊張して間違えちゃうんだわ」

「そういう問題じゃねーだろ。こいつの間違え方は」

「サラはいろんな事知っているし、記憶力も結構良いみたいだし、あんたより確実に頭良いわよ?」

「あ、あのセイディさん、ルースの言うとおりなんで」

セイディさんが褒めてくれるのは嬉しいんだけど、私、頭が良いわけではない。ただ、元の世界では当たり前の知識が、こっちでは珍しかったりするので、驚かれる事が多いんだよな。だから勘違いされている。

「ほら、本人もそう言ってるじゃねーか」

「サラは優しいから、遠慮しているのよ」

そして私のほうを見ながら話を続ける。

「ねぇ、サラ。無理しなくてもいいのよ? 仕事でも特に支障はなさそうだし」

「今の所、仕事には支障ないんですけど……。でも、やっぱり最低限の文字は覚えていたほうがいいかな、と思うんです」

「そう。それならいんだけど」

「迷惑かけてごめんなさい」

「あら、迷惑じゃないわよー。ほんと、サラは勉強熱心で偉いわね。という訳で、ルース!」

「なんだよ」

「仕事がないときは、サラの勉強に付き合ってあげなさい」

「今も教えてやっているじゃねーか!」

「もっと丁寧に優しくよ。さっきも言ったでしょ? あんた怖いのよ」

「文字を教えるのに丁寧ってどういう事だよ。本人の記憶力の問題だろーが」

うっと私は詰まった。セイディさんはルースを見ながらはぁと息をつく。

「いろいろ方法はあるでしょ? そうねぇ、例えばこの文字を覚えたら何か買ってくるとか。サラが喜びそうな本を買ってきて勉強する、とか」

「なんで俺がそこまでしなきゃいけないんだよ」

「ルース。あんた最近家事をしてないわよね?」

「あ……」

「仕事が忙しいなんて言い訳は聞かないわよ? 私やサラだって仕事しているんだから。今日、ルースの部屋を掃除してくれたのは誰だと思う? 自分の部屋もろくに掃除できないの?」

「……最近、忙しかったら」

「言い訳は聞かないわ」

セイディさんはピシャリという。相変わらず強いなぁ。ルースがだんだんと気まずそうにしている姿がちょっと笑える。だけど、文字を覚えたいというのは私の希望というか我侭でもあるんだし、みんなに迷惑かけたくない。しばらくは自分でなんとか頑張ってみよう。

「セイディさん。私大丈夫です。その、しばらくは一文字ずつ暗記する事だけに専念しようとおもいますし。それなら一人でも勉強できます」

「サラ、いいのよ。ルースが最近家事をさぼり気味っていうのは事実なんだから。私の言っている事は分かるわよね? ルース」

「あぁ」

「じゃ、問題ないわね。サラ、空いている時間が出来たら、ルースを捕まえていろいろ聞くといいわ。もちろん私とウィリーも協力するから」

「あ、ありがとうございます」

結局今まで通り、みんなに文字を教えてもらうことになった。

その日の夜。ベットに横になりながら私は紙に書かれた文字を見つめていた。

「これが、『あ』よね。んでもって、これが『い』で……」

ブツブツを独り言を繰り返す。だけど、イマイチ分からない。セイディさんに見てもらおうかな。ってこんな時間だとウィリーと一緒に寝ているか。ルースなら起きているだろうけど、昼間教えてもらったばかりだし、同じ日にまた聞くのはさすがに気がひける。昼間の呆れた表情のルースを思い出す。

……ルース、いつもと変わんないな。なんであの時は違ったんだろう?

 

私が風邪をひいてしまった時、いろいろとルースが看病してくれたんだけど雰囲気がいつもと違った。いつものルースなら絶対しなさそうなことばかりされた。

私も熱のせいなのか、異様にドキドキしてしまうし、とにかく参った。私、もしかしてルースの事好きなのか? と考えたけどよく分からない。嫌いではない、というのは確かだけど。

まぁ、いいや。考えてもよく分からないなら今はまだ放っておこう。それよりも文字を覚えるほうが優先でしょ。

私は思考を一時中断して、手元の紙に意識を集中した。

だけど……。

「うーん、やっぱり難しい」

ベットに突っ伏しながら呟いた。

♣ ♣ ♣

カリーナさんの宿での仕事は順調だ。最初のうちは、言われた事をこなすのに精一杯だったけど、最近は少しだけ余裕も出てきた。

私の仕事は主に客室の掃除なんだけど、たまにお店の手伝いをすることもある。お店というのは宿が開いている定食屋さんみたいな所。そこには宿の人たちだけではなく、一般のお客さんも入ってくるのでいつも賑わっている。たまにお店の手伝いをしたときは、情報収集も兼ねてお客さんにお城の様子や街の噂とかを聞いている。だけど、私が欲しい情報というのは相変わらず入ってこない。仕方ないとはいえ、少し凹む。

最近、お客さんたちの間でよく聞く話題は、アルヴィナに降りかかる天災が多いよな、という事だ。今の所、ハヴィスの街にはそれほど被害はないけど、国全体でみるとやはり多いらしい。天災だから防ぎようがないという声もあるんだけど、“神の力が弱まっている”という噂も聞いた。

それを聞いて、今までアルヴィナの神様について考えたことは全くなかったなぁと気がついた。街を歩いていて、教会らしきものがあるのは知っていたけど、気にも留めていなかった。

「セイディさん、アルヴィナにも神様っているんですか?」

「神様? えぇ、いるわよ。“リヴィエ”というの」

「リヴィエ……。どういう神様なんですか?」

「そうねぇ、説明が難しいけど簡単にいうなら生命の女神ってところかしら。サラの国にも神様っていたでしょう?」

「いました。ただ、私の世界ではいろんな神様がいましたし、信仰も人それぞれ違ったんです」

「神様がたくさんいるの? 不思議な感じね」

「言われてみればそうなのかもしれませんね」

「サラもそのたくさんいる神様の一人に祈りを捧げていたの?」

「いえ、私はそういうのは全然なかったです」

「そうなの。信仰がない、というのはこちらでは珍しいかもしれないわね。こっちでは国は違っていてもほとんどの人がリヴィエを信仰しているの」

「へぇ、みなさん信仰が深いんですね」

「と言っても人それぞれよ。毎日のように教会に祈りを捧げる人もいるけど、私はたまにしかいかないし。ルースにいたってはここ数年行っていないんじゃないかしら?」

セイディさんは苦笑した。ルースが神様に祈りを捧げている姿って想像できないな、と失礼ながら思ってしまう。

「それで? リヴィエがどうかしたの?」

セイディさんが続きを促す。

「あ、今日、カリーナさんのお店でお客さんたちが話していた噂を聞いたんです。最近アルヴィナに天災が多いのは神の力が弱まっているからだ、って」

「なるほどね」

「で、どういう事なのかな? と」

「天災が多いのと関係があるかどうかは私には分からないけど……。リヴィエはこの世界を創ったという伝説があるの。だから生命の女神。それで、一番最初に創った国がここアルヴィナと言われているのよ」

「そうなんですか」

「えぇ、だからアルヴィナの人たちは他の国の人たちよりも信仰が深い傾向にあるのよ。それで、生命の女神でもあるリヴィエはこの世界を平和に保つために、ずっと力を注いでいると言われている。どういう形でかはわからないけど、とにかくリヴィエのご加護、つまり力の事ね、それがあるから平和なんだと考えている人も少なくないのよね」

「水害とか地震はここ最近多いんですか?」

「そうね、多くなってきたのは1年前くらいからかしら。それまでは、年に一度あるかないかくらいだったのよ」

セイディさんは少し目を伏せた。

「……辛いですよね」

「やだ、サラのせいじゃないんだから暗くならないでよ。リヴィエの力のせいかどうかも分からないし。ただみんな心配なだけ。今まではそんなになかったから」

「そう……なんですか」

「早く落ち着くといいんだけと……」

セイディさんの視線は窓の外を見ていた。

「そうですね」

私も頷いた。

TOPに戻る