青の追憶 14

「サラちゃん、悪いけど食堂を手伝ってくれる?」

「はい、分かりました!」

宿の掃除がひと段落した所でカリーナさんから声をかけられた。

早速食堂に向かうと、アレシアとキャロルが忙しそうに動いている。わー、今日はいつもよりお客さんが多いなぁ。どんどん人が入ってくるから席がすぐ埋まった。注文をとり、料理を運んで、タイミングを見計らってお皿を下げて、お会計もして……とやることはたくさんある。私もアレシア達に混じって慌しく動き始めた。

「一体いつまで待たせるんだよっ!」

お店の中に声が響く。驚いて声がする方を見ると、男性が怒鳴っていた。

「ごめんなさい、もう少しお待ちください」

アレシアが頭を下げている。カリーナさんが厨房から出てきて

「すみません、お客さんが注文した料理の材料がなくなってしまって、今、主人が裏から運んでいるんです。もう少々お待ちいただけませんか?」

と、謝った。それでも男性の怒りは収まらず、わめき散らしている。人々の話し声で賑やかだったお店の中が急に静かになった。

「料理がくるのが少し遅いだけであんなに怒るなんてみっともないねぇ」

私のすぐ近くにいたおばさんが呆れたように言った。お、おばさん、その通りだけどこのタイミングで言っちゃ危ないよ……。

「あぁ? 誰がみっともないって? 料理出すのが遅いコイツらが悪いんだろうがっ!」

しっかり聞こえてしまったらしい。さらに怒りながら今度はおばさんの方に向かってくる。

「お、お客さん!」

カリーナさんとアレシアがその男性を止めようとする。

「どけっ!」

男性が二人を突き飛ばした。

「「アレシア! カリーナさん!!」」

私とキャロルの声が重なる。二人は突き飛ばされた衝撃で近くのテーブルにぶつかり、転んでいた。二人の傍に行こうとしたら、すぐ近くで

「みっともないって言ったのは、あんたか?」

と、男性が赤い顔をしながらおばさんに言っていた。よく見たらこの人、手に小さなお酒のビンを持ってる。酔っているからやけに突っかかってくるんだ。

「そうだよ。店内を見れば混んでいるって事くらい分かるだろう? なのに、料理を早く持って来い! だなんて大の大人がみっともない。第一、あんたそんなに待っていないだろう? 10分20分も待てないなんて子供みたいじゃないか」

おばさん……、正論だけど火に油注いでるって。案の定、男性はさらに顔を赤くしてワナワナと震えていた。

「このっ、ババァ!」

と言いながら手を振り上げた。

あっ!

バシッという音が聞こえると同時によろけてテーブルにぶつかった。

「サラ!」

「サラちゃん!」

と、いろんな方向から声が聞こえた。アイタタと腰をさすりながら、テーブルに手をつく。

「あ、あんた大丈夫かい?」

おばさんが聞いてきた。

「……はい。お客さんは平気でした?」

「あんたが庇ってくれたから大丈夫だよ。ホントにビックリしたよ。いきなり飛び出してくるから」

私は目の前にいた男性を見た。なんでお前が? という表情をしている。お酒のビンを持ったまま、気まずそうに立っていた。

「あんたいい加減にしろよ。迷惑だろ」

「女子供に手を上げて恥ずかしくねーのかよ」

「そのおばさんの言う通りよ。混んでいるんだから少しくらい料理が出てくるのが遅くてもいいじゃない」

周りのお客さんが、そうだそうだと声を上げ始めた。おぉ、なんか連帯感が。その声にさらに気まずくなった男性は何も言わずにお店を出て行った。あ、ちょっと注文した料理は? と声をかけようかと思ったけど、まだ戻られてややこしくなるのも嫌だからやめておいた。

「サラ! 大丈夫? ケガはない?」

アレシアとキャロルが走ってきた。

「大丈夫だよ。少しぶつかっただけだし。でも、それよりアレシアとカリーナさんは大丈夫だった?」

「私は少しすりむいただけ。ママはほとんどケガはしてない。今、パパを呼びに行ってるわ」

「サラ、腕にケガしているみたい。血が出てる」

キャロルが突然言った。

「え? ホント?」

左腕の内側に3センチくらいの切り傷があった。叩かれたときに爪で引っかかれたんだろう。傷から血が垂れている。気が付かなかったけど、結構深く切れているのかも。

「二人とも待ってて。今、救急箱取ってくるから!」

キャロルがお店の奥へと走っていた。

「結構痛かったんじゃないの? スゴイ音してたわよ」

アレシアが私と傷を交互に見ながら言ってきた。

「そうかもね。勢いで飛び出しちゃったから何がなんだか……はは」

「笑っている場合じゃないでしょ。もし顔にこんな傷がついたら、あの男を捕まえるわよ。あぁもう、よく傷を見せて。綺麗に治るといいんだけど……」

肘の方向に流れ始めた血を見て、アレシアの細い指が私の傷付近に触れたその瞬間だった。

「あれ……?」

眩暈がして急に身体の力が抜ける。

「どうしたの? 傷が痛む?」

「え、あ……なんか足に力が入らなくて……」

私は床に座り込んだ。

「サラ? 大丈夫?」

アレシアが心配そうに覗き込んでくる。

「ごめ……、アレシアの手、血で汚れちゃったみたい」

アレシアの手が私の血で赤くなっているのが見えた。

「そんなの気にしないで。それよりも、奥に行って休んだほうがいいわ」

いつの間にか私達の周りにはお店のお客さんが集まっていた。

大丈夫かい? あの男、酷いな。傷は平気? 店の奥に連れて行くのを手伝おうか? と、頭上からいろいろ聞こえる。それにしても眩暈が酷くなっているような……。

「すみません、ちょっと通してください。アレシア、サラ、救急箱持ってきた」

お客さんの間をすり抜けてキャロルが来た。

「どうしたの?」

座り込んでいる私を見て、キャロルが驚いたように言った。

「なんか急に具合が悪くなっちゃったみたい。手当てが終わったら、お店の奥に連れて行くわ」

「うん、そうだね。すぐ手当てするから」

私の近くにしゃがむと、持っていた箱を開けた。

「腕を見せて、サラ」

私は傷がある部分をキャロルに見せる。

「血が結構流れているように見えたけど……」

キャロルは傷口を濡れたタオルで軽くふいた後、薬を塗り包帯で軽く巻いてくれた。薬が少しだけ染みた。

「はい、これで大丈夫。次はアレシアよ。手を擦りむいていたわよね? 見せて」

「私はたいした事ないわよ」

「それでも薬ぐらいは塗っておかないと。いいから見せて」

「まぁ、それもそうね」

アレシアはキャロルに手のひらを見せた。

「真っ赤じゃない」

「これはサラの血よ。さっき、サラの腕に触れたから」

「そう。とにかくキレイにして……」

今度はアレシアの手を見ているようだった。私は顔を上げてその様子を見ることも億劫になるほど、身体がダルくなっていた。

「あれ?」

「なんで?」

アレシアとキャロルの声が同時に聞こえる。

「……どうしたの?」

「アレシアの擦り傷、なくなってる」

キャロルが答えてくれた。

「なくなってる?」

「うん、さっき見たときはあったのに、今はないのよ。そういえばヒリヒリした痛みもいつの間にか消えてるし……」

アレシアが戸惑った声で答えた。

「本当に……ないの?」

「うん。元通りになってる」

場がシン―――と静かになった。

「アレシア、サラちゃん大丈夫?」

静かな場にカリーナさんの声が響く。

「まったく困ったものだな、たまにいるんだよなぁ、昼間から酒を飲んでいちゃもんつけるお客さんが」

やれやれという声を出しながらモーリスさんが来た。

「アレシアは大丈夫そうだな。サラちゃん、怖い思いをさせちまって悪かったな。ケガしたって聞いたけど……、キャロルが手当てしてくれたみたいだな。にしても顔色が悪いな。大丈夫か?」

「サラ、具合が悪いみたい。お店の奥で休ませてもいいよね?」

「ええ。セイディには私から連絡しておくわ」

「すみません」

「本当にごめんなさいね。奥でゆっくり休んで」

私はアレシアとキャロルに手伝ってもらいながら、店の奥へ引っ込んだ。ちょっとケガしただけなのに、こんなに身体がダルいなんておかしい。疲れが溜まっているのか? でも、午前中はなんともなかったのに。

「サラ、ゆっくり休んでね」

キャロルが言った。

「ごめん、仕事が途中なのに……」

本当は仕事をしたいのに、身体が思うように動かない。

「気にしないで。お昼すぎたから、もうそんなに忙しくないわよ。それよりも、ちょっと眠ったほうがいいわ」

私に毛布を渡しながらアレシアが言う。

「うん、悪いけどそうさせてもらうね」

アレシアとキャロルが部屋から出たあと、ソファに横になって毛布をかぶった。

起きたとき、部屋の中は真っ暗だった。え……、夜? 私、昼間からずっと眠っていたの? いくらなんでも寝すぎだ。

ソファから起きて立ち上がる。寝たおかげで、ダルかった身体が楽になっていたのがわかった。とにかくカリーナさん達の所に行かないと。食堂に行けば誰かいるはずだ。

「あっ、サラちゃん! もう大丈夫かい?」

廊下を歩いていると、モーリスさんが声をかけてきた。

「すみません、モーリスさん。なんか寝すぎたみたいです」

「気にするなって。それより体調はどうだ?」

「はい、もう大丈夫です」

「そりゃあ良かった。ホント昼間は悪かったな。サラちゃんがかばったおばさんもすごく気にしててよ。あの女の子は大丈夫か? って何度も聞いてきて心配していたんだよ。明日も来るって言っていたから、元気な顔を見せてやってくれな。そうしたら安心するだろうから」

「わかりました」

「じゃあ、ウチに行ってくれ。セイディが待ってる」

「セイディさんが?」

「あぁ。カリーナが連絡したらな、心配して迎えにきたんだよ。本当は起こそうかと思ったらしいが、サラちゃん全然起きる気配がないから、自然に起きるまで待とうという事になったらしい」

私、そんなに深く眠っていたの?

「という訳だから、早く行ってやんな」

「わかりました。じゃあ、モーリスさんお先に失礼します」

「おぉ、明日もよろしく」

モーリスさんの家では、本当に大丈夫なの? とセイディさんとカリーナさんとアレシアに質問攻めにされた。もう大丈夫です。心配しすぎですよ、と何度も言って、やっと分かってくれた。みんな心配性だなぁと苦笑してしまったけど、嬉しかった。

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