青の追憶 2

揺れが治まり、そっと目を開けるとさっきとあまり変わっていない景色が広がっていた。私がしがみついている大きな木。周りには草がたくさんある。あんなに大きな揺れだったのに、何故か倒れている木はなかった。

怖かった……。たぶん数十秒だったと思うんだけど、とても長いような時間に思えた。地震に慣れている私でさえ、かなりビビった。街はどうなっているんだろう? ビルとか倒れていないかな? 津波とか来ないのだろうか?  いろいろな不安が一気に押し寄せてくる。と、とにかく、ホテルに戻ろう。落ち着け、落ち着け、と呟きながら歩き始めた。

――― !!

何か聞こえた。私はとっさに辺りを見回したけど、誰もいない。

――― !!!

これは……悲鳴? 誰かいるんだ! もしかしたら今の地震でケガをした人が助けを呼んでいるのかもしれない。私は声がする方に向かって走り出した。

草を掻き分け進んでいくと小学生くらいの男の子が必死に石を投げている姿が見えた。その先には黒っぽい犬がいる。今にも男の子に飛びかかりそうな勢いだ。

助けなきゃ! 何か叩くもの、叩くもの! キョロキョロと周りと見ると、近くに丈夫そうな木の枝が転がっていた。それを掴むと私は犬に向かって走り出した。

「あっち行けーー!」

そう叫びながら犬にむかって枝を振り落とした。鈍い音がした後、犬が転がる。そしてグルルルと唸り声を上げながら起き上がろうとする。そのまま倒れてろ! と心の中で叫んだ。ヤバイ、なんとかしないとこっちが噛み付かれるかも。そう思った私は起き上がろうとする犬に向かってもう一度枝を振り落ろす。

「ギャンッッ!!」

可愛くない鳴き声が聞こえたあと、再度犬が転がった。

気絶しなくてもいいからどっか行ってくれ! その私の願いが通じたのか、犬はヨロヨロと立ち上がると逃げ出した。

た、助かった〜。この枝じゃ追い払うので精一杯だ。逃げてくれてよかった。枝を放り投げながら、ふーっとため息をつく。

後ろを振り向くと、男の子が泣きながら立っていた。

「大丈夫? ケガはない?」

近づきながら男の子に話しかえると、怯えた目で見上げてきた。通じてない? あ、ここハワイだった。それによく見ると男の子の瞳が少し青い。まいったな、英語はほとんど出来ない。

「えっと、ウェア、ユアー ファザー アンド マザー?」

中学・高校・大学と英語を勉強してきたのに、私の英語力はこんなものです。我ながら情けない。あなたのお父さんとお母さんはどこ? と単語だけを並べて聞いたんだけど男の子はますます怯えている。私の発音が悪いせいか全然通じてない。

私は英語で話しかけるのをあきらめた。というか話せないからなんだけど。男の子の目線にあわせてしゃがみこむ。すっと頬に手を伸ばすと、男の子はビクッと肩を震わせた。そして涙をポロポロとこぼす。

「わー! 泣かないで! 大丈夫だから。犬もいないよー。ね? ホラ、怖くない、怖くなーい!」

手をブンブン振りながら、思いっきり日本語で言っていた。それでも、男の子の涙は止まらない。私は大丈夫だよという意味も込めて、男の子の頭をなでた。驚いたように私を見る男の子。そして、泣きながら私にしがみついてきた。

「わっ!!」

いきなり抱きついてきたので私は転んだ。び、ビックリした。私に抱きつきなら涙を流す男の子の背中をさする。

「もう大丈夫だからね。すぐお父さんとお母さんも来るよ」

と話しかけた。もちろん日本語だ。男の子はウッウッ、と泣きながら頷く。お? なんとなく意味が分かったのかな? しばらくはあやすように抱きしめていた。子供って本当に体温高いなーとか思いながら。

そういえば街はどうなったかな。あれだけの地震だったから被害も大きかったんじゃないだろうか。火事とかあってもおかしくない。なのに、消防のサイレンの音とか全然聞こえない。聞こえてくるのは、鳥の鳴き声くらい。静か過ぎる。

だいたい、このハイキングコースに野犬が出るなんて聞いてないわよ。危ないじゃない。たまたま小さい野犬だったからよかったけど。

あ、そういえば……。私は男の子の背中をポンポンと叩くと体を離した。もう涙は止まったようだった。

「腕、見せて?」

そう言って、私の体に回っていた腕をそっと外した。やっぱりケガしてる。左腕に切り傷があって、血が少し流れていた。きっとあの犬に手当たり次第、石を投げてきたときに切ったのだろう。

「ちょっと待ってね」

私はバックからペットボトルとタオルを取り出した。傷口を水で洗い流して、タオルで軽く巻く。

「はい、これで一応大丈夫。家に戻ったらちゃんと消毒してね」

男の子は驚いたようにペットボトルをジーっと見ていた。そんなに珍しいか?

―――!!

遠くの方で声が聞こえたと思ったら、男の子がパッっと立ち上がった。そして私の手を引っ張り、走ろうとする。もしかして両親が来たのかな?

声が聞こえる方へしばらく進むと、キャーと歓声(だかなんだかよく分かんないけど)を上げながらその人へと走っていった。やっぱりお父さんか。男の子と同じ茶色の髪に、青い瞳だし。男性が男の子を抱きかかえながら何か言っている。そして少し会話をした後、私のほうをチラっと見た。

「――― ―― ―― ―」

「は?」

「――― ―― ―― ― 。 ――――」

「すいません。分からないです」

何を言っているのかさっぱりわからない。英語ではないしフランス語でもイタリア語でもドイツ語でもないっぽい……。ハワイ独特の言葉?

私がポカーンとした顔をしていたのだろう。そのお父さんは諦めたようにはぁ、とため息をつくと頭を少し下げた。あ、お礼を言っていたのね。

「どういたしまして」

と、言ったけど日本語だから通じるわけないか。とりあえず笑っておいた。

お父さんが不思議な表情で私を見る。え? 何? ジーっと見られるとさすがに居心地が悪い。ハワイに住んでいるなら日本人&日本語なんて珍しくないよね?

それとも、私の格好がおかしいとか? といっても、普通の格好だ。GパンにTシャツ、その上にパーカーをはおっている。どこもおかしくない。むしろ、男の子とお父さんの格好のほうが変わっていると思う。

なんというか、昔の人の格好だった。ワンピースみたいなストンとした形の物を頭からズボっとかぶっていて、 腰の部分を帯でしばっている。その下にはズボンを着ているみたいだけど。ハワイで見る格好にしては珍しい。プリントTシャツとかじゃないし。昨日までこういう服を着ている人を見たことがないんだけどな。それにさっきからずっと気になっていたんだけど、腰に剣みたいのを差していた。ファンタジー映画に出てくる騎士が持っていそうな剣。……ニセモノだよね?

私がその剣を見つめながらいろいろと考えていたら、急に洋服を引っ張られた。いつの間にか、男の子がお父さんの腕から降りていてコッチコッチというように洋服を引っ張る。もしかして山の入り口まで連れて行ってくれるのかな? 私は素直について行く事にした。ハイキングコースから外れてしまったため、どうやって戻って良いのか分からなかったからだ。

歩き始めて30分ぐらいたっただろうか。私はなんともいえない不安に襲われていた。胸をジリジリと締め付けるような不安。おかしい、と思った。30分も歩いたら、ハイキングコースの入り口近くに戻ってきているはずなのに、全然それらしい風景にならない。というかハイキングコースがない。看板とかたくさんあったのに、一切なくなっている。道もただの獣道だし。地震で道が無くなったのか? と考えたけど、地割れはあっても道が無くなるなんてことは、普通に考えてありえない。たまたま違う道を歩いているだけだよね、と無理矢理納得しようとした。だけど、やっぱり不安は残る。

男の子とお父さんの会話が、まったく分からないのも原因の一つだと思う。見た目はアメリカ人っぽいのに、話している言葉が本当に分からない。言葉が分からないのってこんなに不安になるものなんだな、と思った。男の子は無邪気に話しかけてくれるも、何を言っているのかさっぱり分からないので、曖昧に笑うことしか出来なかった。

ちなみにお父さんのほうは、私に話しかけたりはしない。むしろなんでこんなヤツを連れて行かねばいけないのだ、という雰囲気を感じる。すみませんねーと思うけど、正直ちょっとムッとしていた。子供を山に一人で遊ばせているような父親に言われたくないね、と。いくらここが安全な山だとしても、この子はまだ小さいんだから、ちゃんと目の届く範囲で遊ばせるのが普通じゃないだろうか?

そんなことを思いながら歩いているといきなりグッと手を引っ張られた。どうやら山の麓まで降りてきたらしい。うっすらと視界が開けてきた。あぁ、良かった。安心感が広がる。これでホテルに戻れる。後は地震の被害が大きくないといいんだけど。

「やっと着いた」

視線をめぐらして私は言葉を失った。

――― そこには見たことのない街があった。

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