青の追憶 20

「ルース!? な、何言ってるの?」

「何だよ、こいつらの方がいいのか?」

不満げに言われた。

「いや、そうじゃなくて。そんな迷惑はかけられないよ」

「別に迷惑じゃない」

「でも、仕事はどうするの?」

「休みをとる」

「大丈夫? その、辞めさせられたりしない?」

「辞めさせられたら、また違う所と契約すればいいだろ」

「セイディさん、本当にいいんですか?」

私はセイディさんに判断を仰ぐことにした。事の成り行きをじっと聞いていたセイディさんは

「よく言ったわ、ルース。それでこそ私の弟よ。ここで何も言わなかったら後で引っ叩いていたわ」

と、とんでもない事を言った。

「セイディさん、ちょっとそれは……」

「サラ、ルースはこう見えても結構強いから安心しなさい。最近会ったばかりの人とサラを一緒に行かせるわけにはいかないわ。ルースの方が何倍もマシよ」

「マシって言い方はないだろ」

ルースがふて腐れる。

「サラにはルースを同行させても構いませんよね?」

セイディさんはジェラルドさんに向かって言った。

いきなりの事で、さすがにジェラルドさんも困ったような表情を浮かべる。

「別に俺でもいいんだろ? 今回の事を知っているし、秘密は守る。地理もそこそこ詳しいし、仕事が護衛だからサラを守ることも出来る」

たたみかけるようにルースが言った。

ジェラルドさんは少し考えた後

「……そうですね。サラさんさえ良ければ」

と、答えた。

「じゃあ、決まりだな。いいよな? サラ」

「う、うん。そりゃ、ルースと一緒なら旅はしやすいと思うけど」

「けど、なんだよ?」

「やっぱり悪いかなぁ、って。ルースが危ない事に巻き込まれないといいんだけどね」

一瞬、間が空いた。

「サラ、ルースの心配じゃなくて、自分の心配をしてちょうだい」

「お前はどうしてそうなんだ」

セイディさんとルースが同時に言った。

♣ ♣ ♣

10日後に出発してもらいます。

ジェラルドさんはそう言った。

箒を動かす手をとめて、窓の外を見る。青空にプカプカと白い雲が浮かんでいるのが見えた。

「あと3日か」

小さく呟いた。

私は出発の日まで、いつも通りに仕事に行くことにした。

ほとんどの準備はジェラルドさん達がしてくれるみたいだし、私の持ち物なんて元々少ないから荷造りに時間はかからない。それに家でじっとしているより、身体を動かしていたほうがよかった。

余計な事を考えなくてすむから……。

仕事は辞める事になった。

急だったから「どうして?」とみんなから聞かれた。本当の事は言えないので「遠い親戚がいるかもしれないから、一度故郷の村に帰って探してみる」と言うことにした。苦しい言い訳だったけど“親戚がいるかもしれない”と言われるとみんな強くは言えないらしく「そういう事なら仕方ないよね」と言ってくれた。

本当は寂しかったけれど、遅かれ早かれこうなることは決まっていたから仕方ないかなと思う。

「サラ、いる?」

アレシアの声が廊下から聞こえる。すぐ「あ、いたいた」とアレシアとキャロルが客室に入ってきた。

「どうしたの?」

「サラ、午後から私達と出かけない? パパとママにはもう話してあるから」

「仕事は?」

「半日くらい平気よ。他の人にも頼んであるし。ね、行こうよ。私達、一緒に出かけたことないじゃない」

「サラ、もうすぐ故郷に戻っちゃうでしょ? だから……」

キャロルが言う。

二人は私のために誘ってくれたんだ。お別れ会みたいなものかな。

「じゃあせっかくだし出かけよっか」

「よし、決まり! 私、行ってみたい所があったんだ」

「もしかして、あのケーキのお店?」

「当たり。よく分かるわねキャロル」

「前から言っていたじゃない」

このノリ、まるで就業時間後にどこに行くか話しているOLだよ。こういう雰囲気はどこの世界でも一緒なんだなぁ。

アレシアが行きたいと言っていたお店は女性で溢れていたけど、私達はなんとか席を確保して座ることが出来た。

注文したケーキを食べるなり、私達は感想をこぼす。

「美味いっ!」

「このケーキ。すごいわ」

「おいしい……」

これはお客さんが殺到するのが分かる。

「ねぇ、サラの故郷ってミスナ村って言う名前だったよね?」

アレシアがケーキを食べながら聞いてきた。

「え? う、うん。そう」

一瞬、ギクっとしたけどなんとか答える。

故郷がミスナ村なんてもちろん嘘だ。だけど、この村を私の故郷という設定にしたのは理由がある。まず、ミスナ村が災害にあったというのは本当なので(被災者の私を不憫に思って)村の事はあまり聞かれないだろう、というのが一つ。あと、ハヴィスからかなり離れた所にあるから滅多にハヴィスの人は来ない。もし村の事を聞かれた時、多少嘘をついてもバレないだろう、というのがもう一つの理由だ。

「この間ね、キャロルと話していたんだけど、ミスナ村っておもしろいよねって」

「そ、そうかな?」

「前にいくつか童話を教えてくれたじゃない。鶴が自分の羽を使って服を作る話と、お姫様が月に帰っちゃう話と、あと……何があったっけ?」

「木に花を咲かせるおじいさんのお話と、うさぎと亀の競争のお話もあったよね」

キャロルが答えた。

「そうそう、それ。この辺りでは聞いたことない童話ばかりだったからびっくりしたわ。ミスナ村がある地域では昔からある童話なんでしょ?」

「えーと、そんなに有名じゃないかも。私も昔、おばあちゃんから聞いただけだし」

誤魔化して答えた。

前にウィリーに日本の童話を話したらやけに笑っていたので、アレシア達にも話してみたんだっけ。変わったお話だね、と二人とも面白がってくれたんだ。

「そうなの? あ、あと、あの遊びも面白いなぁって思ったのよ。えっと、紙を折って鶴を作ったでしょ? すごかったわ。布に砂を詰めて手のひらの上で投げる遊びもあったわよね」

「ハヴィスでそういう遊びは見たことなかったよね」

うんうん、と相槌をうちながらキャロルが言った。

折り紙とお手玉の事か。これも日本の遊びだからハヴィスの人達が見たことなくても無理はない。

「ミスナ村ではそういう遊びをみんなしていたの?」

アレシアが聞いてきた。

「う、うーん。いや、あの遊びもみんなしていなかった……かも」

「それもおばあさんから教えてもらったの?」

「まぁそんな所。友達がいなかった私に一人で遊べる方法を教えてくれたというか」

しどろもどろになってしまう。

「サラ、昔は人見知りが激しかったんだ」

「え?」

「恥ずかしがりやで友達を作ることが出来なかったって事でしょ?」

アレシアが首をかしげながら聞いてきた。

「そ、そうなの」

「意外だね。サラ、今は誰とでも気さくに話せるのに」

キャロルも驚いたようだった。

「うん、まぁね。人と話せるように頑張ったから」

あはは、と笑いながら答える。

二人は「へぇー、そうなんだ」と納得したようだった。

日本の伝統文化を披露(?)したばかりに、こんなに質問を受けるとは思わなかった。

ケーキ屋を出た後、私達は街を散歩した。

この店の服はセンスが良い、パンを買うならこのお店よね、あの本屋は品揃えがイマイチ、などなど。さすがハヴィス生まれハヴィス育ち。情報量が違う。

二人が通っていた学校も案内してくれた。

「広いね。しかも校庭が芝生なんて贅沢だなぁ」

「芝生が贅沢? サラが通っていた学校も芝生でしょ?」

「ううん、土だったよ」

自分が通っていた学校を思い出して答えた。あ、ヤバイ。ミスナ村の学校の事を聞かれているのか。

「ふーん、草が生えにくい場所に学校を建てたのかしら」

アレシアはあまり気にしていないようだった。

「まだ授業中みたいだね」

誰もいない校庭を見てキャロルが言う。

「2年前までここに通っていたのに、もう懐かしく感じるわね」

アレシアが呟いた。

アルヴィナでは6歳から15歳までが義務教育で、その後の進路は自由らしい。男子も女子も学校を卒業すると働きに出る人が多いと聞いたことがある。

ウィリーはこことは別の学校に通っている。セイディさんとルースはどこの学校に通ったんだろう? そんなことをぼんやり考えていた。

「ねぇ、サラ。話は変わるんだけどさ」

キャロルがニコッと笑いながら言った。

「何?」

「ルースさんとはどうなってるの?」

「うっ……」

「その反応は何かあったのね? 何々?」

アレシアが瞳をキラキラさせながら聞いてきた。

「何もないよ」

視線が泳いでしまう。

「そういえば……、ミスナ村に帰るときもルースさんが付き添ってくれるんでしょ?」

キャロルがさらに聞いてきた。

「うん、そう」

「やっぱりサラにベタ惚れなのね」

アレシアがなるどねーという感じに頷いた。そして話を続ける。

「ルースさん、本当はサラをミスナ村に帰らせたくないのよ。だけど、親戚を探したいっていうサラの願いも分かるから、反対できなかったのね。だから一緒に行く事にしたんだわ。第一、惚れていないと遠い所まで行こうって気にならないもの」

私は呆気にとられながら、想像力がたくましいなぁ、と感心していた。以前に言った“ルースが私に惚れている”という嘘がここでも威力を発揮している……。

「ルースさん、今度の旅を楽しみにしているかもね。ずっと二人きりで過ごせるし」

キャロルがサラリと言った。

「そうね。今頃ドキドキしてるわね。サラ、心の準備はしておいたほうがいいわよ」

「心の準備?」

「やだ、決まってるじゃない。ずっと二人っきりなのよ? 何かあってもおかしくないわ」

「いや、だからねアレシア。まだ勘違いしているようだけど、私とルースはそういうんじゃ……」

「サラ。子供が出来たらハヴィスに戻ってくることも考えてみてね。私、子守とか得意だからまかせて」

キャロルがニコニコしながらとどめの一言を放った。

誰か……、この子達を止めてください。

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