青の追憶 22

公園を出て、家に向かって歩いている時だった。

「今、帰ってきたのか?」

思わず立ち止まる。

「ルース……」

右側の細い道からルースが出てきた。

「仕事から帰ってきたんだろう? どうしてこの道を歩いているんだ?」

一瞬、意味が分からなかった。

あ、そうか。カリーナさんの宿から帰ってきたとしたら、普通はこの道は通らないんだ。

「今日は午後から仕事を休んで、アレシア達と出かけていたんだ。いろんな所に行ったから、いつもと違う道から帰ってきた」

ベリルと会っていたことは言わなかった。

「楽しくなかったのか?」

「え? 楽しかったよ」

「のわりには、なんか暗いな」

「そんな事ないよ」

うわ、ルースって思ったより鋭い? 普通にしているつもりだけど、ベリルに言われた言葉にグサッときて、凹んでいたのは事実だ。

「ならいいけど」

「ルースも出かけていたの?」

「あぁ、ちょっとな……」

言葉を濁した。何か嫌な事でもあったのかな? 

ルースが歩きだす。その隣を歩きながら私はタイミングを伺っていた。旅の事について言おう。早ければ早いほどいい。私は足元に伸びる影を見つめながら話を切り出した。

「あのさ、ルース。今度の旅なんだけど」

心なしか口調が震えたような気がした。

「あぁ」

「やっぱり、バートさんかセスさんと一緒に行こうと思うの」

「は?」

ルースが立ち止まる。

「……仕事を長い間休ませちゃうの悪いし。今更言うなよって思うかもしれないけど」

「何、言ってるんだ?」

「長い間仕事休むとさ、ほら、なんていうか人間関係でいろいろと問題が出たりしない? 理由が病気とかならまだ分かってくれると思うけど、私を村に送るっていう理由だけじゃちょっとね……。仕事仲間に良い印象を持たれないと思うんだ」

「サラ」

「言うのが遅くなってゴメン。どうしようか迷ったんだけど」

「サラ!」

「……何?」

「本気で言っているのか?」

「言ってるよ」

「なら、どうして俺の顔を見て言わないんだ。おかしいだろ」

「それは、たまたま見ていなかっただけだよ」

そう言って顔を上げるとルースと視線がぶつかった。青い瞳が私を見ている。う……、すぐに目線をさげてルースの胸元辺りをみる。

「ほら、すぐ逸らすじゃねーか」

「睨むように見られたら、目を逸らしたくもなるよ」

言い訳がましく呟いた。

「睨んでねぇよ」

嘘だ。だって、怖い。

その空気が重くて、私はわざと明るく話し始めた。

「あのね、そんな深刻なことじゃないから。単純にルースの仕事に影響が出ちゃうのは悪いかなって思っただけ」

「俺の事は気にしなくていい」

「でもさ、迷惑かけたく……」

「迷惑じゃない!」

大きな声が聞こえた。驚いてルースを見ると、怒っているような、困っているような、それでいて何かを言いかけているような、というすごく複雑な表情をしていた。

「ルース?」

「本当はどう思っているんだ?」

「え?」

「俺に迷惑かけたくない、とか考えなくていい。俺と一緒のほうが旅をするのが楽だって言っていただろ? それは嘘なのか?」

「それは……、嘘じゃない」

ルースと一緒の方が私は安心できる。

だけど、迷惑かけたくないという思いもある。

……ううん、それだけじゃない。迷惑をかけて、疎ましく思われたら辛い。それが本当は嫌なのかも。

胸が痛んだような気がした。

「嘘じゃないならいいんだ。俺が行く」

ルースははっきりと言った。

「ルース」

「サラ、よく聞け。今度の旅は俺が行く。これは譲らない。あと、迷惑かけたくないから、とか言うな。俺はそう思っていない」

「そうかな。実際は迷惑かけていると思うんだけど」

「だから、そうじゃねぇって言ってるだろうが。いい加減信じろよ」

「信じ……たい」

「だから信じろって」

ルースは笑った。

「サラは考えすぎなんだよ」

頭をガシガシと乱暴になでられた。

「ちょ、ちょっと!髪が絡まる!」

「あ、悪い」

そう言うと、今度は髪を整えるように触れてきた。頭の上から耳の横を通り毛先まで指を滑らせる。その優しい触れ方に、思わず身体が震えてしまう。な、なんというか、ルースはこういう風に時々分からない行動をするから困る。どうしていいか分からなくて、ルースを見つめてしまった。

「あのなぁ」

「う、うん。何?」

声が上ずったかもしれない。

「……いや、なんでもない。やっぱりあいつらと旅はさせらんねぇな」

あいつらって、バートさんとセスさんの事だよね。あの二人、ジェラルドさんの補佐だから偉い人だと思う。その人達に向かって「あいつら」と言うとは。そうとう嫌っているみたいだ。

「帰るぞ」

私の頭をポンと叩くと、ルースはまた歩き出した。

私はルースの少し後ろを着いていきながら、結局ルースが行くと知ったらベリルは何と言うかな、と思っていた。

でも、今度はちゃんと答えよう。「迷惑をかけるかもしれないけど、私はルースと一緒に行きたい」と。

いろいろ言われるかもしれないなぁ。ルースはちゃんとハヴィスに帰ってくるから、と伝えれば少しは分かってくれる、……かもしれない。

ルースがハヴィスに帰ってくる時は、私も一緒にいるはずだよね。でも、すぐあっちの世界に帰っちゃうから、私もハヴィスに帰ってくる事は伏せておいて……。ってなんか言い訳ばかり考えているな、私。

ふと、公園で「ルースが好き」と言っていたベリルの顔が浮かぶ。

今まであまり考えていなかったけど、ルースって……。

歩幅を少し大きくして、ルースの隣に並び顔を見た。「なんだよ?」と言いたげな表情を無視して観察。

茶色の髪と青い瞳。鼻筋も通っているし、口元はキュッと引き締まっている。私は特に瞳の色がいいな、と思う。青空の色? いや、海? うーん、もっと透明感のある感じがするから……。あ、あの宝石の色に似ているかも。それにしても本当に綺麗な色しているよなぁ。

……うん、これは決定だ。ルースってカッコイイ。セイディさんも綺麗な人だし、さすが血のつながった姉弟。ウィリーも今は可愛いって感じだけど、あと10年もしたら女の子から人気のある青年になりそう。

一人で頷いた。

「何一人で頷いているんだよ」

ルースが眉をひそめながら聞いてきた。

「ルースって女の子にモテるでしょう?」

「はぁ?」

「ちょっと興味があって」

「普通、そういう事を本人に聞かないだろう」

「それもそうだね」

「一応言っておくが、俺は女に避けられるタイプだ」

あー、それたぶん間違ってるわ、と私は瞬時に判断した。避けられているんじゃくて、みんな遠くから静かに見ているんじゃないかな。ルースはなんというか、ぶっきらぼうな感じがあるし、女の子は近寄りたくても近寄れないのかも。

「ルースって女泣かせだね」

ニヤリと笑いながら私は答えた。

「俺が? 何言ってるんだ。泣かせるどころか、女とは接点があまりないのに」

ルースは鈍いな。ベリルはたぶん積極的にアプローチしている(そういうタイプに見えたし)。だけど、まったく気がついていないみたいだ。そりゃ気持ちも焦るよなぁ。また一人で頷いた。

「さっきから言っている事が変だぞ」

「気にしないで」

「おい。……俺が女泣かせならサラは男泣かせだな」

「何で? 私は真面目だよ」

自分で自分を真面目と言ってしまうのは、ちょっと言い過ぎかもしれないけど、少なくとも“男泣かせ”と言われるような恋愛はしていない。

「そういう風に全然気がついていない所がな」

「気がついてないって何に?」

「……もういい」

「変なの」

「変なのはそっちだ」

ルースが軽くため息をつきながら言った言葉を、私は軽く聞き流した。

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