青の追憶 24

セイディさんに書いてもらった地図と目の前にある建物を見比べる。

ここ、だよね。

通りに面した表側のドアは仕事場で、住居用のドアは裏手にあると教えてくれた。建物の裏手にまわると、すぐに玄関らしいドアが見つかった。玄関の周りはちょっとした庭になっていて、色とりどりの花が爽やかな風に揺れている。

私はドアの前に立ち、一つ深呼吸をしてからノックをした。

あれ? 誰もいない?

家の中から物音がしない。みんな出かけているのかな?

今度は、少し強めにドアを叩く。

「すみません」と声をかけようとしたとき、かすかな物音が聞こえた。誰かが階段を下りているらしい。トントン――とリズミカルな足音がする。

鍵を外す音がした後「はい、どなたですか?」とドアが開いた。ベリルだ。

ベリルは私の顔を見るなり、表情を曇らせた。

私が口を開きかけたその瞬間に一言。

「何しに来たの?」

いきなりそれですか。相変わらず言い方がはっきりしている。

「昨日の事なんだけど」

私が答えると「中に入って」と家に入れてくれた。玄関先で話すものかと思ったから、ちょっと驚いた。

「私の部屋で」と言いながらベリルは階段を上がっていくので、私は黙って後を着いて行く。

ベリルの部屋は意外にも(と言っては失礼だけど)可愛かった。窓にはレースのカーテン、ベッドはピンク色を中心に暖色系でまとめてある。その隅には小さなぬいぐるみが置いてあった。

「そこに座って」と机の近くにある椅子を促されたので、言われたとおりに座る。ちなみに、この椅子と机はアンティーク調で部屋の雰囲気とよく合っている。

ベリルはベッドに腰掛けると、私の顔を見て言った。

「で、何? 私を笑いにわざわざ来たの?」

眉間に皺を寄せてしまった。

「だってそうでしょ? ルースは結局あなたと一緒に行くみたいじゃない。残念でしたーって私を笑いに来たんじゃないの?」

ベリルは私を挑発するかのように言ってくる。

「その事、ルースから聞いたの?」

静かに問いを返した。

「そうよ。今日、ルースに会った時聞いてみたの。“ミスナ村に行く事だけど……”って。そしたら“なんか心配してくれたみたいだな。でも、ミスナ村の方にも行った事があるから大丈夫だ”って言われたわ。それで分かった」

「そう」

「“サラって大人なんだしルースが行かなくても平気なんじゃない?”って言っても、“そういう訳にはいかないから”って言うだけ。ルース、あなたをミスナ村に連れて行く事に迷いがなかった。一人で帰れるってちゃんと言ったの?」

疑いの視線を向けられる。

「ルースには言ったよ」

「なんて答えてたの?」

「“俺は行く”とだけ」

他にも言っていたけど、関係ない事は全部省いた。

「……結局迷惑かけるのね。図々しい」

本当の事とはいえ、冷たく吐き捨てるように言われると、やはり胸が痛む。

私は少し目を伏せた後、顔を上げた。

「迷惑をかけるかもしれないけど、私はルースと一緒にミスナ村に行く事に決めたの。今日はそれを言いに来たんだ」

ベリルの瞳を真正面から見据えて、ありのままの気持ちを言った。

私がきっぱりと言ったので、ベリルは意表をつかれたようだった。

「何それ。何でいきなりそんな事言うの?」

「ベリルが真剣だったから、私も正直な気持ちを伝えたくなった、かな」

「“一人で帰る事が出来る”というのは本当の気持ちじゃないの?」

「それは本当だよ。迷惑をかけたくないから、一人で帰ることが出来るって思ったし」

「だったらどうして」

「でも、私にはルースが必要なの。一緒に行きたい」

部屋の中が静かになる。

ベリルは顔を伏せたまましばらく黙っていた。

「あなたがいくら正直に言ったとしても、私は納得出来ないから。“ルースと行きたい”っていうのもただの我侭にしか聞こえない」

「そうだね」

私が反論もせず答えたので、ベリルは「いったい何なの?」と不信な目を向けた後

「帰って」

ポツリと言った。

「え?」

「聞こえないの? もう、帰って」

「分かった。帰る。最後に一つだけいい?」

「何よ」

「ルースはちゃんとハヴィスに帰ってくるから」

「当たり前の事を言わないで。ルースが帰ってこなかったら、あなたを呪い殺すわよ」

「怖い事言うね……」

モテる男は大変だね、ルース。

♣ ♣ ♣

結局、私は気持ちを上手く伝えられなった。

あんな言い方で分かってくれ、というほうが無理だ。“ルースに迷惑はかけたくないが、一緒に行きたい”なんて駄々をこねている子供のような理屈だよなぁ。迷惑かけたくないなら一緒に行くの止めてよ、と言われるのは当然の事だ。私がベリルの立場でもそう言ったと思う。

ルースと一緒なら安心できる、という気持ちは本当だ。だけどそれ以上の何か、そう、何かがある。それを考えてはいるけど、出てくる答えは“ただ、一緒に行きたい”それだけだった。

ルースが言った「サラは考えすぎなんだよ」という言葉が頭をよぎる。

私、考えてる? 考えているふりして本当は何も考えてないんじゃなの? それでいいのだろうか? そう思って色々考えると、嫌な想像もしてしまう。だから考えるのを止める。その繰り返しだ。

あぁ、なんか無性に走り出したい気分。何も考えずにワーっと。……けど疲れるから止めておこう。

ふぅ、とため息をつきながら空を見上げると、青い空に白いすじ雲が広がっているのが見えた。

昨日はどこもかしこも真っ赤だったのに、同じ時間帯でも今日は空が青かった。もちろん夕陽のある方向はオレンジ色に染まっているんだけど、美しいグラデーションを描きながら藍色へと変化している。

なんともいえない幻想的な色にしばらく見とれた。

「何を言っても言われても、私がする事は変わらない、かな……」

と、一人で呟く。

最終的にはこの結論になる。そう、旅に出るだけだ。

いろんな事に対して掴みきれないもどかしい気持ちがある。

今は分からなくても、いつか、ストンと胸に落ちるくらい簡単な答えが出るかもしれない。

TOPに戻る