青の追憶 26

「お世話になりました」

宿での仕事が全部終わった後、私はみんなに向かって頭を下げた。

「あなたが来てくれてとても助かったわ」

「親戚が見つかるといいな」

「ミスナ村まで気をつけて帰ってね」

「サラがいなくなると寂しくなるな」

カリーナさん、モーリスさん、アレシア、キャロルがそれぞれ言う。

いつかこういう日が来ることは分かっていたけれど、やっぱり寂しい。

私はここでものすごく助けられた。仕事がある、生活ができる、と思うだけでどれだけ精神的に楽になれたことか。もし、仕事がなかったら結構辛かったんじゃないかな……。まぁ、ジェラルドさん達に保護されていたかもしれないけど。

「明日、出発するんでしょ?」

アレシアが言った。

「うん」

「見送りに行けなくてゴメンね」

「そんな、気にしないで」

その言葉だけでもすごく嬉しい。

「サラちゃん。親戚の方に会えるといいわね。でも、――あまり悪いことは言いたくないけど――親戚の方に会えなかったらハヴィスに戻ってくるといいわ。で、またウチで働いてちょうだい」

カリーナさんが言ってくれた。

ハヴィスに戻ってくる時、私は元の世界に帰る。だから働くことは出来ない。だけど「はい」と答えていた。今、ここで本当の事を言わないで、ちょっとくらい嘘をついてもいいよね。

私は改めてみんなを見回して

「ここで働けた事に感謝しています。あと、みんなに会えて本当に嬉しかったです。いろいろありがとうございました」

もっと感動的な言葉を言いたかったけど、これしか浮かばなかった。いろんな気持ちが混ざり合って、結局単純な言葉しかいえない。

「そんな事言われるとしんみりしちゃうなぁ」

モーリスさんがしみじみと言った。

「もう会えないみたいじゃない、その言い方」

アレシアが少し寂しそうに言うと、キャロルが

「もしサラがハヴィス戻ってこられなくても、今度は私達がミスナ村に行くよ。ね、アレシアどう?」

「あ、それいいわね。今から旅行の資金を貯めておかなきゃ」

急に真面目な顔をしながら言った。

その会話を聞きながら

「本当にありがとう」

最後にもう一度、気持ちを込めてみんなに言った。

♣ ♣ ♣

家に帰ると、ジェラルドさんが来ていた。「こんばんわ、サラさん」という言葉に「こんばんわ」と挨拶を返す。

ジェラルドさんの後ろには、バートさんとセスさん。二人は相変わらず無表情で立っている。とりあえず挨拶くらいは……と軽く会釈すると、二人とも挨拶を返してくれた。お、ちょっと嬉しい。

「みなさんに挨拶はすませてきたのですか?」

ジェラルドさんが穏やかに尋ねてくる。

「あ、はい」

そう言いながらジェラルドさんの真正面に座る。

机の上を見ると地図が広げてあって、いろんな所に印がついているのが見えた。あれ? 私達が寄る教会以外の所にも印がついているみたいだ。なんだろう? 

「この印はなんですか? 教会以外にも寄るところがあるのですか?」

ジェラルドさんに聞いてみる。

「これは、村とか町がある場所だ」

ルースが答える。

あ、そうなんだ。言われて見れば、その印の下に小さな文字が書いてあるけど、私は文字が読めないから地名なのか村や町の名前なのか分からない。

「この地図は後でルースさんに渡しておきます。ところでサラさん、準備は終わりましたか?」

「はい。私の持ち物は少ないので」

「そうですか。こちらの準備も終わりました。先ほど、ルースさんとセイディさんに軽くお話したのですが、明日の事についてもう一度言います」

ルースとセイディさんを見ると、二人とも頷いている。私が帰ってくる前に話を少し聞いていたみたいだ。

「明日は、朝の7時にこの場所に来てください」

ジェラルドさんは別の地図を広げた。これは……ハヴィスの街の地図だ。

「ハヴィス城から少し離れた所で、普段はあまり人が通らない林の中ですが、ルースさんならこの場所がどこかは分かりますね」

「あぁ」とルースが答える。

私は地図を見たけど、全然分からなかった。ハヴィスは結構広いから、知らない場所はたくさんある。

「この場所に馬と荷物を用意しておきます。7時少し前に運ばせますので、盗られる心配はないと思いますが、時間には遅れないようにしてください」

私とルースは頷いた。

「私達は見送りが出来ませんがよろしいですか?」

「それは構わないです」と私は答える。

ジェラルドさんは私とルースを交互に見たあと、話を続ける。

「各地の教会を訪れる順番ですが、ハヴィスに近い所から順に行けば問題ありません。旅の工程はルースさんにおまかせします。ただ、この教会だけは一番最後に行ってください」

アルヴィナの地図の一つを指した。全体からみて、端の方にある場所だ。

「ハヴィスから一番離れた所にある教会なので、特に言わなくても一番最後にはなるのですが、念のため」

「何か意味があるのですか?」

セイディさんが尋ねる。

「この教会にある水晶とハヴィス城にある水晶は、そうですね……、兄弟みたいなものでしょうか。密接な関係にあります。二つともアルヴィナの端と端にあるでしょう? サラさんが血を注ぐ行為は変わらないのですが、始まり と終わりという事で少しだけ特別です」

ジェラルドさんは言葉を選ぶように話す。

最初と最後だから大切って事でいいのだろうか。

「とにかくそこには最後に行けばいいんだな」

ルースが確認すると「はい、そうです」とジェラルドさんは伏し目がちに答えた。

「旅をするにあたっての説明は以上ですが、何か気になる所はありますか?」

私は一つ一つ考えた。

明日は朝の7時に出発。

荷物はほとんど用意してもらっているから、私達は身の回りの物だけ持っていけばよい。

各地の教会へ行く順番は特に決まっていないから、ハヴィスから近い所から順に回ればよい。ただし、一番最後に行く教会だけは決まっている、か。

あとは……

「旅の途中でジェラルドさんと連絡をとりたい場合はどうすればいいですか?」

何もないとは思うけど、万が一何かあった時はどうすればいいのか気になった。

「訪れる予定の教会の神官に連絡をとってください。そこから私に連絡が来るようになっています」

「それって4つしかないって事ですよね。他の教会からではダメなのですか?」

「それは避けてください。サラさん達の事は、私達以外には、4つの教会の神官とその側近にしか知らせていません」

そうなのか。だとすると何も起こらないように気をつけるしかないかな。

「サラさんとルースさんは、一般の旅行者として行ってもらいます。出来るだけ、私に緊急の連絡を取る事態が発生する事は避けてください。そのためには……ルースさん」

「あぁ、分かってる。問題が起こらないように旅をしろって事だろ」

「はい。お願いします」

本当に何も起こらないといいんだけどね……。

「では、これを渡しておきましょう」

ジェラルドさんが、何かの紙を机の上に置いた。

見た感じは普通の手紙だ。それを受け取ると、手触りが普通の紙と違うことに気がついた。ハヴィスの街で使われている紙は、もっとザラザラしていてきめが粗い。だけど、ジェラルドさんが差し出したこの手紙は表面が滑らかだ。ハヴィス城ではこういう紙を使っているのだろうか。

「これは?」

「教会の神官へ宛てた手紙です。あなた方が教会に行くことは事前に知らせていますが、いつごろ到着するかなどは分かりません。サラさん達は突然教会を訪れる事になりますので、その時にこの手紙を見せれば大丈夫です。身 分証明書の代わりです」

封筒には複雑な模様のマークが押印されていた。紋章っていうのかな。アルヴィナの国旗の図柄とは違うけど、どことなく似ているような気もする。

「無くさないように気をつけてください」

「はい」

私はその手紙をしっかりと握り締めた。

ジェラルドさんの視線が手紙から私達に移る。

「サラさん、ルースさん、気をつけて」

「はい。出来るだけ急いで回ってきますね。リヴィエの力が戻るのが早ければ、アルヴィナの災害も早めに落ち着くはずですし」

そう答えた私に、ジェラルドさんは一瞬だけ意表をつかれた顔をした。ほんのわずかな表情の変化だったと思う。

「あの、ジェラルドさん?」

「……そうですね。サラさんの言う通りです。出来るだけ早く回ってもらえると、私達にとっても助かります」

いつもの物静かな態度でジェラルドさんは答えた。

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