青の追憶 27

いつも思うけど、朝の空気ってどうしてこんなに澄み切っているのだろう? 

夜のうちに世界全体が清められたんじゃないの? と思う事がある。

深呼吸しながら、雲ひとつない青空を見上げる。東の方には一日の始まりを告げるまばゆい太陽。

ハヴィスは今日も良い天気だ。

「とりあえず、天気は最高ね」

セイディさんが目を細める。

「旅にピッタリのお天気ですね」

私が相槌をうつと

「気の抜けた会話してんなよ」

ルースが言った。

「ルース、サラ。早く帰ってきてね」

いつもより早起きしたせいか、少し眠そうな声でウィリーが言う。

「あぁ」

ルースがグリグリと頭をなでると、寝癖のついたウィリーの髪の毛はすごい事になった。

「やめてよー」

ウィリーが頭を抱えながら、逃げるようにこっちに来る。

そんな様子を見ながら

「ウィリー、元気でね。帰ってきたら一緒に遊ぼう」

少し屈んでウィリーを抱きしめた。

「ママと一緒に待ってるね! また面白いお話聞かせて」

「うん」

「あ、それとね。サラの村にある大きいお風呂をルースに教えてあげて」

「ウィリー! その事は言うなって……」

ルースがものすごく狼狽した声を上げる。

「大きいお風呂?」

私がルースの声を遮って尋ねると

「ルースはママとサラと一緒に大きいお風呂入りたいって!」

にこにこ笑いながらと嬉しそうに答えてくれた。

その場が静まり返る。

「ち、違う。これはウィリーが勝手に言ったことで、俺は一言も」

「ルース」

セイディさんが冷たい視線を投げる。

「だから違う! ……サラ、なんだよその目は」

「え、いや、一体何を教えているんだろうと思って」

思わず視線を逸らした。

まだ子供のウィリーに、女性とお風呂に入りたい、なんて言うのはどうかと思う……。

「変な勘違いしてんなよ。おい、ウィリーちゃんと言え。このままじゃ俺はただの変態で終わるじゃねーか」

「ちゃんと言ってるよー。サラはみんなで、大きいお風呂に入るのが好きだって言ってたよね。だから、僕も入りたいって言ったの。ルースも入りたいって言ってたよ」

「俺は言ってねーよ」

すかさずルースが抗議の声を上げる。

……あ、分かった。前にウィリーとお風呂に入ったとき、温泉の話をしたんだっけ。だから、大きいお風呂なんだ。

「どういう事?」

セイディさんが眉をひそめながら、私に聞いてきた。

「私の国では、身体に良いと言われているお湯が湧き出る所があるんです。そういう所って、たいてい大きいお風呂になっていて、それにみんなで入るんですよ。前にその話をウィリーにしたので、その事だと思います」

「みんなでお風呂に?」

セイディさんは目をまるくした。

「はい。友達同士で入ったりします。知らない人もたくさんいるんですよ」

「知らない人」「たくさん」

セイディさんとルースの声が同時に聞こえた。

「サラの国って、なんかすごいわね。知らない人とお風呂なんてアルヴィナではないわ」

笑いながら言った後、急に声の調子が変わり

「だけどルース。サラの国にそういう習慣があったとしても、ウィリーの前でサラとお風呂に入りたいなんて言うものじゃないわ」

「だから、言ってねぇよ。だいたいウィリーはみんなで風呂に入りたいって言ったんだろうが。いつの間にか、俺がサラと一緒に入りたいって事になってるし」

「要約するとそうでしょ?」

「違う!」

「ママ、いつか大きいお風呂入りたいね! サラの村にはあるんだよ」

会話がバラバラになってきた。

「ウィリー、大きいお風呂があったらルースに教えておくね!」

私は会話に割り込んだ。強引にお風呂の話を終わらせないと、どんどん違う方向にいってしまいそうだ。

「うん!」

ウィリーが元気よく答えてくれた。

「あら、ルースの変態っぷりを話している場合じゃなかったわ」

「……」

ルースは反論するのを諦めたようだ。勝手にしろという表情だし。

セイディさんはいきなり私の方に振り向いた。

「サラ、とにかく気をつけて。無事に帰ってくるのを待ってるから」

真面目な口調になったかと思うと、微笑みながら言ってくれた。とても優しい表情だった。

なんか……、胸がグッときてしまう。

「本当にありがとうございました。私、セイディさん達と暮らせて幸せです。とっても楽しかった」

うっすらと涙を浮かべてしまったかもしれない。

「そんな挨拶をするのはまだ早いわよ。また会えるじゃない」

「そうでした」

先走った挨拶に、自分でも苦笑してしまう。

「行ってらっしゃい、サラ。ルースも気をつけて」

「行ってらっしゃーい!」

「あぁ、行ってくる」

ルースが荷物を持ち上げる。

私はセイディさんとウィリーをゆっくりと見つめ、目の端に少し溜まってしまった涙をサッと拭う。

「行ってきます!」

顔いっぱいの笑みを見せて答えた。

♣ ♣ ♣

新緑がとても鮮やかだ。生命力に満ち溢れた若葉があちこちに見られる。

こんな場所があったんだ、と思いながら林の中を歩く。

ハヴィス城は街の中心部から少し離れた所にあり、城の周りにはゆったりと土地が広がっている。その土地の一部にあるのが、今歩いているこの林だった。

時間帯も早いせいか、私達以外に人はいない。林の中を歩く私達の足音、鳥のさえずり、風が通り抜けるときに聞こえる木々のざわめき。とても静かだ。

やがてジェラルドさんが言っていた待ち合わせの場所が少し先に見えた。

あれ? と私が思った時、ルースは小走りでそれに近づいた。

「ルース、これは何?」

そこには馬が2頭いた。片方は黒色、もう片方は茶色で、どちらも美しい毛並みをしている。

「何って、馬だろ」

「それは分かる」

「じゃあ何だよ」

「移動って馬車で行くんじゃないの?」

「お前、ジェラルドの話聞いていたのか? 馬と荷物を用意しておくって言っていただろ」

「そう言っていたけど、馬って馬車の事だと勝手に思ってた」

「んな訳ねーだろ。馬は馬だ。第一、馬車なんか使っていたら、積荷がたくさんあるって勘違いされて狙われるかもしれないだろ? 俺達はそういう問題は避けたいからな」

「そうなんだ」

素人の私が見ても毛並みが良いと分かる馬なんだけど。この馬も結構高そうだから狙われるんじゃない? 

「サラ、何ボケっとしているんだよ。お前はそっちの馬に乗れ」

ルースはてきぱきと荷物を馬に乗せながら私に言う。

「えーと、大変言いにくいのですが……」

「何だよ? こっちの馬のほうがいいのか? まぁ、俺はどっちでもいいけど」

「いや、そうじゃなくて。乗れないんだって」

「乗れないって何に?」

「私、馬に乗ったことがないんだけど」

「……冗談だろ?」

「本当」

「普通は子供でも乗れるぞ」

「私の国では馬に乗れない人のほうが多いから……」

言い訳がましくなってしまった。

でも本当の事だ。私に乗馬という優雅な趣味はない。そういえば、小さい頃家族旅行で行った牧場で小さなポニーに乗ったことがあるけど、それは馬に乗ったという事にはならないよね。だって係員のおじさんが手綱持って、運動場みたいな所を一周しただけだし。

「マジかよ」

唖然としている。

「ごめん。その、練習すれは乗れると思うんだけど今すぐは無理」

「それはそうだろ」

ルースは少し考えるように2頭の馬を見つめていた。そして、2つに分けていた荷物を全部茶色の馬に乗せた。

「サラが乗れるようになるまでは、こうするしかねぇよなぁ」

と呟く。そして、軽やかに黒の毛並みの馬に乗った。

「ほら、行くぞ。手を貸せ」

私に向かって馬上から手を伸ばしてきた。

「え?」

「しばらくは二人で乗るしかないだろ。この馬は体格もいいし、二人くらいなら余裕だ」

確かに、茶色の馬より黒い馬のほうが大きいけど。私はオロオロしながらルースと馬を見た。

「とにかく出発しないといろいろ面倒だ」

その言葉にハッとした。そうだった、馬に乗れないからって出発を遅らせるわけにもいかないんだった。

私はルースに手を伸ばした。だけど、踏み台とかないからどうやって乗ればいいのか分からない。

「引っ張りあげるぞ」

そう言うなり、私の身体が中に浮いた。

「わわっ!」

不恰好によじ登る形になってしまう。馬に乗るだけで疲れた。なんとか乗れてホッとしていると、ルースが手綱を握る。

「じゃあ、行くぞ。落ちないように気をつけろよ」

馬が歩き始めた。

ひぃ、こんなに揺れるの! ? 私は軽くパニックに陥った。無理、落ちる! と馬のたてがみにしがみつこうとすると、ルースに「バカやめろ」と怒られた。

「だ、だってこんなに揺れるなんて! 落ちる!」

「そのために俺が後ろで支えているんだろうが。いいから馬の歩くリズムに慣れろ」

んな事言われても……。コツとかない訳? と聞こうかと思ったけどやめた。正確に言うと話しかける余裕がなかった。

わぁ、ひぃ、怖っ! とブツブツ言うこと数分、なんとか落ちない程度に慣れてきた。馬のたてがみは掴めないので、自分が乗っている鞍を手でしっかりと握り、背筋を伸ばし(乗馬ってそういうイメージだったから)揺れに身を任せる感じ。といっても、気を抜くと落ちそうになるから難しい。普段使っていない筋肉を酷使しているな、と簡単に想像できた。明日筋肉痛になりそう。

そんな事を考えていると、馬の歩く早さが遅くなった。門が近いのか。鉄製の扉の両サイドに兵士が一人ずつ立っている。制服がハヴィス城の兵士と同じだから、この門はハヴィス城が管理しているんだ。そのまま門に近づくと、特に確認される事もなく簡単に通れた。

門と通り過ぎながら周りを観察していたけど、門の内側と外側で劇的な変化はなかった。すれ違う人達もハヴィスの街中と同じ雰囲気だし。私は門の外側はいきなり人が減って、道も整備されていないのかと思っていたからちょっと拍子抜けした。

「なんか、普通なんだね」

「? 何が」

「街の内側と外側ってもっと雰囲気が違うのかと思ってた」

「あの丘を越えると結構雰囲気が変わる。というか、建物がほとんどなくなる」

前方には小高い丘があった。その丘には道が一つしかないため、ハヴィスの街に来る人は必ずここを通るらしい。もちろん、街から出る人もここを通る。

頂上まで来たとき、馬を止めてもらった。

「ここからだとハヴィスがよく見えるね」

「あぁ」

「いつ頃戻って来られるかな」

「さあな。まぁ、いつかは帰ってくるんだから、あまり気にしなくていいんじゃないか?」

「……そうだね」

私はハヴィスの街を目に焼きつけるように見つめた。

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