青の追憶 28

馬に乗っているだけなのに疲れる。そう思い始めてから何時間経っただろうか。

今日、私は何もしていない。道順を決めるとか休憩する場所を確保するとか、その他の雑用は全部ルースがしてくれた。本当にただ馬に乗っているだけだったのにこんなに疲れるとは……。

 

緩やかなカーブを描きながら少し上り坂になっている道が続いていた。一番高い所まで来た時、道から少し逸れてルースが馬を止めた。

「この辺りならいいか」

すぐ近くに木が何本か立っているのが見える。空は夜の闇が近づいているのを知らせるように、暗くなりはじめていた。

「サラ、降りろ」

ルースが私に手を差し伸べる。降りる事も一人で出来ないとは情けない。乗馬の特訓が必要だ。

「休憩? 今日はハシドっていう村まで行くんだよね? もうすぐ日も暮れるみたいだし、休憩しないで行ったほうがいいんじゃない?」

私はルースに尋ねた。

「……少し時間がかかりそうだから予定変更だ」

ルースは茶色の馬から荷物を降ろしながら言った。

「予定変更って?」

「ハシドの村の手前に少し大きい森があるんだ。このまま行くと、夜にその森を通ることになる。森は獣が出ることがあるから、夜に通るのは避けたいんだ。だから森を通るのは明日にする。今日はここで野宿」

本来だったらハシドの村にはとっくに着いているはずだった。だけど、着けなかったのって……。

「ごめん、私のせいだよね。私が馬に慣れていないからスピードが出せなくて、村に着けなかったんだよね」

「……俺もお前が馬に乗れるって思い込んでたから」

「ホントごめん」

「謝らなくていいから、荷物ほどくの手伝え」

「う、うん」

私は慌ててルースに駆け寄った。

 

日中はほとんど移動なので、荷物は必要最低限に押さえられている。ジェラルドさんはコンパクトに荷物を揃えてくれたようだ。食料、水、地図、ランプ、燃料、毛布、雨具、怪我に使える薬などがある。それらを木の傍に置く。

「俺はそこの川で馬に水を飲ませてくるから、サラは荷物の見張りな。何かあったらすぐに呼べよ」

「わかった」

ルースは2頭の馬の手綱を持って、川のほうへ向かっていった。馬に水を飲ませながら身体をなでている。馬も一日中歩きっぱなしで疲れるよねぇ。私が馬だったらもっと休憩くれーとかいいながら暴れちゃうかも。

それにしても、あの馬達は利口というか、行儀が良いというか……。ハヴィス城が貸してくれただけあるわ。ものすごく調教されているんじゃないかな。普通、私みたいな一般人が乗ったりすると、暴れたりするんじゃないの? なのにちっとも暴れる様子なかったし。

「サラ?」

いつの間にかルースが戻ってきていた。

「あれ? 馬は?」

「あぁ、草を喰ってるよ」

ほんとだ。川の近くでムシャムシャと口を動かしている。

「繋いでおかなくてもいいの?」

「平気。俺が呼んだらすぐ来る」

「へぇ、そうなんだ」

つくづく感心してしまう。馬って頭いいなぁ。

「これで火をおこそう。夜はやっぱり冷えるしな」

ルースは枯れ木まで集めて戻ってきていた。

「ルース、慣れてるね」

「仕事の関係でたまにあるからな。冬はさすがにないけど、今の季節なら結構気持ちがいいぞ」

手際よく枯れ木に火をつける。その様子をぼーっとみながら本当のキャンプだなぁ思った。私が体験したことのあるキャンプといえば、整備が整ったキャンプ場でバーベキューだ。お風呂やトイレもあったし、寝るときはコテージやバンガローを使用していた。もちろん電気も通っていた。だけど今日は何もない。本当に何もない。夜になったら焚き火の周り以外は真っ暗になるんだよね。野宿することになったのは自分のせいだから、文句は言えないんだけどちょっと不安。

「あのさ、森には獣が出るって言ったよね。ここは平気なの?」

「あぁ。何度もこの道を通ったけど、獣が出たことはないな」

「森には出るのに?」

「獣の行動範囲は結構決まっているから、ここまで来る事は滅多にないんだ。ごく稀に出てくるやつもいるけど」

「もし、今日出てきたら……」

「退治するだけだ」

キッパリと言い切った。うん、それしかないよね。分かってます。

私は少しずつ暗くなって行く空を見上げた。普段だったら藍色に染まっていく空が綺麗だとか思えるんだけど、今日はどことなく不安に感じる。

「そんなに頼りないか?」

ルースが焚き火を見ながら不機嫌そうに言う。

「さっきからずっと不安そうな顔しているし」

「え? いやいや違うよ。ルースのことはめちゃくちゃ頼りにしてます。今日だってたくさん助けてもらったし。ホントだって」

「でも、獣が出てきたら危ないと思っているんだろう?」

「だって、ルースが寝ているときに襲われたら困るじゃない。私じゃルースを守れないし」

「それおかしくないか? 何で俺がサラに守られなきゃいけないんだ。逆だろ」

「でもさ、ルースだって眠るでしょ? 万が一って事があるじゃない」

「あのなぁ、俺の仕事は護衛なんだぞ。獣が近づいてきたら気が付くに決まっているだろうが。だから寝ていても平気なんだよ。それにあいつらもいるし」

そう言って、まだ食事中の馬を見た。

「馬がどうかしたの?」

「動物は人間よりも感が優れているだろ? 危険が迫ったら何か反応があるはずだ」

「なるほど」

そう聞くとホッとした。

「……メシ食べるぞ」

パンを渡された。

「う、うん。ありがとう」

あまりルースの機嫌が良くないような気がするけど、深く聞かないほうがいいかな……。

私は受け取ったパンをかじりながら様子を伺った。眉間に皺が寄っているから機嫌悪そう。野宿には慣れているって言っていたけど、初日からなんてやっぱり嫌だったのかも。そんな事を考えながらルースを見ていたら目があった。

「なんだよ」

「今日は本当にゴメン。馬乗れないし、村にたどり着けないし、おまけに野宿で……」

「それはもういい。それより、コレも食べておけ」

今度は紙に包まれた物を渡された。これはセイディさんがくれた乾燥果物だ。

「セイディから言われているだろ? 毎日食べろよ」

まだ食べたことがなかったので、少しだけかじって食べてみる。うっ、これは……。思わず顔をしかめてしまう。

「ちゃんと飲み込めよ」

すかさずルースの声が聞こえた。

はい……、とかじりかけの実を口に放りこみ味を感じないように気をつけながら、飲み込んだ。

食事のあとは、馬の乗り方について教えてもらった。だけど、理論的に言われてもさっぱり分からず「全然分からない」と素直に言ったら「慣れだ」と一蹴された。その通りなんだけどね。とにかく毎日少しずつ一人で乗る練習をする事にした。

「そろそろ寝るか。特にする事もないしな」

焚き火に枯れ木を投げ入れながらルースが言う。

「うん、そうだね」

「火も起こしているし、獣はたぶんこない。だからきちんと眠れよ」

「……」

「サラ、聞いてるのか?」

「え? あぁ、うん。ちゃんと聞いてる。明日も朝が早そうだしね。ちゃんと寝ないとね」

毛布をバシバシ叩きながら答えた。

「脚とか痛いだろ?」

「……何で分かるの?」

「始めて馬に乗った時は身体の至る所が痛くなるんだ。普段使わない筋肉とか使うしな」

「今、すごく実感してる」

「だろうな。いかにも運動不足って感じだしな。ま、仕方ないな」

「そうだね」

「とにかく寝ろ。あぁ、そうだ。サラは木を背にして寝るといい」

「なんで?」

「背後に壁とかあったほうが安心できるだろう?」

「そう言われればそうかも」

「じゃ、俺も寝るから」

ルースは毛布を被るとその場で横になった。私も毛布にくるまり木の傍で横になる。うわ、何これ。この毛布、ハヴィス城御用達なのかとても肌触りがいい。高そうなのにいきなり地面に引いちゃってちょっと悪いな、と思った。

横になりながら耳をすます。火がかすかに燃える音以外、何も聞こえなかった。こんなに静かな夜は初めてかもしれない。日本で暮らしていた時は音が溢れていたし、こちらの世界に来てからも、ここまで静かな夜の日はなかった。

しばらく目を閉じていたけど、全然眠れそうになかった。身体はクタクタだから熟睡してもおかしくないのに、気が高ぶっているせいかちっとも眠くならない。外で眠るのが初めてというのも原因のひとつかな。とにかく眠れなくても身体を休めないと。私は固く目をつぶった。

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