青の追憶 29

「ちゃんと寝たのか? 酷い顔してるぞ」

あくびをしながらルースが言った第一声がこの言葉だった。

「顔、洗ってくる」

私は苦笑しながら、近くの川へと向かう。そんなに酷い顔なのか? と確認しようかと思ったけど、川面が揺れているからよく分からない。でも、ルースが言うからそうなんだろうな。結局あまり眠れなかったから目の下のクマとか酷いんだと思う。

「大丈夫か?」

「うん、ちょっと寝不足なだけだから」

「寝不足?」

「野宿、初めてだったからさ」

「……そうか」

ルースはそれきり何も言わなかった。

身支度を整えたあと、早速出発することにした。

今日もルースと一緒に黒い馬に乗ることになる。乗馬も少しはサマになっているはず。だけど、体中が筋肉痛でギシギシいう。昨日ちゃんとストレッチしておけばよかった。

獣が出るかもしれないという森を通り抜ける時、少し緊張した。太陽が高く上っているのにも関わらず森の中は薄暗い。確かに、夜に通るのはちょっと避けたい場所だ。何も出てこないよね、と内心ビビッていたけど、結局何も起こらずホッと胸をなでおろした。

そして、お昼くらいにハシドの村に到着した。

 

ハシドの村は想像以上に大きかった。

村の入り口には門があり、木で出来た柵がぐるりと村を取り囲んでいる。といっても、頑丈な柵ではなくここからが村ですよ、という境界線みたいな役割だった。その周辺には畑が広がっている。

入り口の門から2本の道が伸びていた。道幅も広く人通りも多いから、この村のメインストリートになるのだろう。

ルースは黒い馬の手綱を引きながら右側の道へと進んでいく。私が「茶色の馬の手綱を持とうか?」と聞いたら「危ないからいい」と断られた。危ないって……。手綱ぐらいなら引っ張れると思ったんだけど、考えてみたら馬の扱い方はさっぱりわからない。そんな私にはやっぱり預けられないかぁ。馬の世話の仕方も教えてもらわないと。そんな訳で茶色の馬は野放し状態だけど、大人しく黒の馬の後を付いてくる。そういえば移動しているときも、きちんと私達の後についてきていた。よく出来た馬達だよ、ホント。

「ここで休もう」

ルースが立ち止まり、店の目の前にあるちょっとした空き地に馬を繋いだ。店の近くに繋いでおくしくみはハヴィスと同じだ。

荷物を持ってお店の中に入って空いている席に座る。軽食を食べられる所かな。みんなのんびりとお茶したり、ご飯を食べたりしている。

「あの馬達って名前あるの?」

「何だよ、いきなり」

「名前があるならそれで呼ぼうかなぁと思って。一緒に行動する訳だし」

「特に聞いていないな」

「じゃあ、つけない?」

「別になくてもいいんじゃないか?」

「それは寂しいよ。こっちでは動物に名前つけないの?」

「そんな事はないけど……」

「じゃあいいじゃない。ルースは黒い馬の方を考えてね。私は茶色の馬」

「えぇ? なんで俺が」

「それくらいいいでしょ」

ルースがまだ不服そうな顔をしていたけど、私は気にせず名前を考え始めた。

馬の名前といえば、競走馬につけられている名前かな。記憶をたどると○○テイオーとか○○ブライアンとかそんな名前しかうかばなかった。……ちょっとイメージと違う。競走馬から借りるのはやめよう。となると、犬や猫につける名前みたいに考えるしかないか。確か友達は犬にシロってつけていたような気がする。洒落ているのだとマロンちゃんっていうのも聞いたことがあるな。だけど、馬にシロやマロンってありか? ありと言えばありだけど。うーん。

「そんなに悩む事か?」

「ルースはもう決めたの?」

「何にも考えてない」

「あ、そう。ところであの馬ってオス? メス?」

「両方ともオス」

「なるほど」

ならマロンちゃんはやめておいたほうがいいかな。

「時間はたくさんあるからまた後で考えればいいだろ。メシ食べるぞ」

「あ、うん。そうする」

温かい料理だし、早めにいただこう。

 

今日はハシドの村に泊まる訳ではなく、もう一つ先の小さな村に泊まることにしたらしい。少しでも先に進んでいたほうがいいしね。休憩が終わった後、私達は出発した。

私は馬に乗っているだけだったから、さっきの続きで名前を考えていたけど、時々思考が途切れた。

……ものすごく眠い。

昨日はあまり眠れなかったというのが一番の理由。その上、天気もよくてポカポカと暖かくて、ルースが気を使ってか馬の歩くスピードはかなり遅め。振動が眠気を誘うんだよなぁ。あまりの眠気にガクッと頭を垂らしてしまい、ヤバイ! と姿勢を正した。

「サラ」

「ごめん!」

反射的に謝る。

「いつか落ちるぞ」

「気をつけます」

「そんなに眠いのか?」

「……うん。ごめん」

「謝ることじゃないだろ。……そうだな、ちょうどいい時間だし休憩するか」

緑の草が一面に広がり、所々にたんぽぽみたいな花が咲いている。そんなのどかな場所で私達は馬から降りた。

「サラは休んでろ。俺はこいつらに水を飲ませてくるから」

「水? 川なんてあった?」

「あっちに民家があるだろ? その近くにあった。見えなかったか?」

全然見えなかった。

「この辺りは安全だから、一人でも平気だ。でも、何かあったら大声で呼べよ」

「うん」

「あまり時間をかけずに戻ってくるから」

ルースはそう言って、馬を引き連れて歩いていく。

近くの木の傍に座り、少しずつ遠ざかるその姿をぼんやり見ていた。風が吹くたびに草が揺れる。ルースは緑色の細波の間を歩いているように見えた。美しい馬を連れて草原を歩いている姿って、なんか絵になるなぁ。額縁に入れて飾っておきたいような光景だ。私は木に寄りかかりながらそんな事を考える。

爽やかな風がとても心地よかった。

……馬の名前どうしようかな。さっき考えていたあの石の名前がいいかな。

私の視界は少しずつ狭くなり、目を閉じてしまうのに時間はかからなかった。

「サラ、起きろ」

そんな声が聞こえて目が覚めた。私はいつの間にか横になって眠っていた。身体を動かすと、なんか肌触りが妙にいい事に気がつく。毛布? 

「そろそろ行かないと日暮れまでに村に着かなくなるぞ」

「……どのくらい眠ってた?」

身体を起こす。

「1時間くらいだな」

「え? そんなに? ご、ごめん。ちょっと休憩のつもりが」

「戻ってきたら寝てるからちょっと驚いたな」

「ほんと申し訳ない」

慌てて毛布をたたむ。あ、これって。

「ありがとう、ルース」

「何が?」

「毛布引いてくれたんでしょ?」

素直にお礼を言うと、たいていルースは気まずそうにする。

「別にたいした事じゃないだろ」

素っ気無く言う。たぶん、照れているんだと思う。本人には言えないけど、その様子が微笑ましくて私は顔が緩んでしまった。「何だよ? ニヤついて」と言われたので「別にー」と思いっきりニヤニヤしながら答えた。

「ところで馬の名前は決まったのか?」

移動を開始してすぐにルースが聞いてきた。

「え? あ、うん。誕生石からつけるのがいいかな、と」

さっき考えていた事をそのまま話した。

馬はきっと私達を助けてくれると思う。というか、すでに助けてもらっているんだけど。お守りみたいな名前をつけたほうがいいかな、となんとなく考えていたのだ。

「タンジョウ、セキ?」

「生まれる“誕生”に“石”で誕生石。宝石があるからアルヴィナでもあると思っていたんだけど知らない?」

「聞いたことないな」

「自分が生まれた月にちなんだ宝石を身に着けると守ってくれますよ、っていうのなんだけど」

「ふーん」

「お守りみたいなものかな」

「で、何にしたんだ?」

「“アクア”にしようかと思ってる」

「アクア? そんな宝石があるのか」

「本当の石の名前はアクアマリンっていうの。聞いたことある?」

「ない」

男の人だし、知らなくて当たり前か。

「アクアマリンというのが、サラの誕生石になるのか」

「まぁ、そんな所」

本当の事を言うと、アクアマリンはルースの誕生石。3月生まれだと以前聞いたことがあった。とても綺麗な青色の石で、その透き通るような青がルースの瞳の色に似ていたので、いいかなと思っていたのだ。

「アクア……か。まぁ、いいんじゃねぇの? こっちではあまり聞かない名前だけど」

「ルースはこの黒い馬の名前考えたの?」

「あぁ。“レイモンド”にする」

「何か意味はあるの?」

「守護者という意味がある」

同じような考えで、私は思わず笑ってしまった。

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