青の追憶 3

「え? 何? どういうこと?」

私は辺りを見回しながら呟く。ビルは? ホテルは? ショッピングセンターは? 目の前に広がる景色はそれとは全然違った。高層の建物はなく、木やレンガで出来た家がズラっと並ぶ。コンクリートの道は土になっているし、車の代わりに馬車が走っていた。少し遠くのほうには、洋風のお城まであった。街とお城が山にぐるっと囲まれている感じだった。

私は座り込んでいた。

さっき感じた安心感はとっくに消え、また不安が大きくなっている。動悸が激しくなり、眩暈がした。何? なんなの? ここハワイでしょ? なのにどうして海が見えないの? とグルグルと考えていた。

ふと何かが私の頬に触れているのに気がついた。視線を上げると、男の子が心配そうな瞳で私を見ていた。

あぁ、この子の言葉が全然分からないのってこの街と関係あるのかな? とかボンヤリと思った。そして、目の前が一瞬暗くなり、唇に柔らかい感触を感じた。

? ? ?

「お、おいっ! ウィリー!! お前何やってんだよ!」

「え? 元気が出るおまじないだよ。お姉ちゃん元気ないし、今にも泣きそうだから」

「だからって怪しい女にキスしてるんじゃねーよ」

「お姉ちゃんは怪しくなんかないよっ! 僕を助けてくれたんだから!!」

「それはそうかもしれないけど、この女の格好はおかしいぞ?」

「きっと違う町から来た人なんだよ」

「あのなー、違う所からくるヤツはみんなこの山とは逆にある門を通ってくるんだよ。この山を越えてきたヤツなんてほとんどいないぞ」

「……ウィリー?」

私は無意識に呟いていたらしい。

「あ! お姉ちゃん僕の名前呼んだ? よかった〜、言葉分かるようになったんだね」

目の前の男の子は無邪気に喜ぶ。

「ね、大丈夫? 顔色が悪いけど。僕の家、ここから近いから休むといいよ」

とニコニコと私の手を握りながら言ってくる。

優しい男の子だな。と思った。

「ありがと」

「えへへー、お姉ちゃんは僕の命の恩人だからね!」

「ねぇ、ウィリー」

「なあに?」

「この街はなんていう名前なの?」

私は思いきって聞いた。ハワイって言ってくれ! と思いながら。

「ここは、ハヴィスの街だよ」

男の子は満面の笑みで答えてくれた。

『ハ』しか合ってない……。

私はガックリとうな垂れた。ハワイはいったいどこにいったんだろう?

「お姉ちゃん大丈夫? どんどん顔色が悪くなっているけど」

心配そうに覗き込んでくるウィリーを思わず抱きしめる。

「わっ、どうしたの? どこか痛いの?」

誰でもいいからすがりつきたい気分だった。泣きそうになるのを必死に耐えた。

どうしよう、分からない。何もかもすべてが分からない。どうすればいいのか、これからどうするのか。

ウィリーを抱きしめると、かすかに鼓動が伝わってきた。なんか落ち着くかも。

「おい、そのくらいでウィリーを離してやってくれ。苦しそうだ」

呆れたような声が頭上から聞こえてきた。

え? と思いながら腕の中のウィリーを見ると、確かに苦しそうだった。

「ご、ごめんね。苦しかったよね? ごめんね」

私は慌てて解放した。

「だ、大丈夫だよ」

ウィリーは顔を赤くしながらも答えてくれた。よっぽど息苦しかったのだろう。

「本当にごめんね」

と言って、目を伏せた。

「僕の家で休んでママのスープを飲めば元気になるよ! ホラ、行こっ!」

ウィリーは私の手を引っ張って立ち上がらせてくれた。

「はぁ、仕方ねぇか。怪我の手当てもしてくれたみたいだし」

背後からその声が聞こえたので振り向くと、ウィリーのお父さんが諦めたようにこっちを見ていた。

「ウィリー、裏道を通って家に戻ろう」

「えー、何で? 遠回りになっちゃうじゃん」

「この女の格好は目立つ。揉め事になりそうな事はできるだけ避けたいんだ」

「別にそんな事にはならないと思うけどなー」

「いいから、行くぞ」

「はーい」

家が立ち並ぶ中、裏道を何度も曲がりながら歩いた。これは迷子になりそうだ。

しばらくして、裏道に面している木のドアから家に入った。ここがウィリーのお家らしい。

「ママ、ただいま! お客様だよ」

「ウィリー? どうして裏口から? ルースも一緒なの?」

女性が出てきた。

うわぁ、キレイなお母さんだ。茶色のウェーブがかったロングヘアを一つにまとめている。瞳はウィリーより青みが少ないかも。グレーに近いような色だった。

「あら? こちらのお嬢さんは?」

私を見て一瞬だけ驚いた表情をしたけど、すぐに優しい表情に戻った。

「僕の命の恩人!」

「ウィリーがギルタに襲われていたところを助けてくれたらしい」

ウィリーとお父さんが同時に答えた。

「ギルタに?」

ギルタってあの犬の事?

ウィリーのお母さんは私に近づきながら頭を下げた。

「本当にありがとうございます。あなたのようなお嬢さんまで危ない目にあわせて申し訳ありません」

「え? いや、とんでもないです。ただ追い払っただけですから」

「でも、あなたとても顔色が悪いわ。怖かったのでしょう? 少し家で休んで行くといいわ。あっでも……遅くなるとあなたの家族が心配するかしら?」

「あ……」

私は何も言えなかった。

ここはハワイじゃない。私、戻るホテルもないんだ。もちろん家族もいない。早く戻らないと。……でもどうやって?

「大丈夫? 顔色が真っ青だわ。とりあえず今日は体を休めた方がいいわ。家に泊まっていきなさい。家族の方には明日連絡するのでも大丈夫かしら?」

何も言えずに黙っている私を心配そうに見つめる瞳が優しかった。

「あの、お言葉に甘えて一晩泊まらせていただけますか? 家族には……、明日連絡します」

少し嘘をつくのは心苦しかったけど、今の状況で何かを考えられる余裕はない。とにかく眠ってしまいたかった。

「もちろんよ。今日はゆっくり休んで。それでお話は明日しましょ」

「ありがとうございます」

「ウィリー、井戸に案内してあげて。その後はお客様用の寝室に連れていってあげるのよ」

「はーい。お姉ちゃんこっち」

「う、うん」

私は引きずられるようにもう一度家の外に出た。

冷たい水で顔と手を洗うと、少し気分がスッキリした。

タオルで顔を拭き、ふと空を見上げた。太陽が沈み、遠くに星が輝き始めている。空はハワイと一緒なのに。どうして目の前の景色は全然違うのだろう?

ウィリーに案内されて2階にある部屋へと入った。壁側にシンプルなベット、部屋の中央にはテーブルと椅子。 そして、小さなタンスとドレッサーみたいなものが置いてあった。

「このお部屋でゆっくり休んでね、お姉ちゃん。あ、そうだおなか空いてる? なにか食べるものもらってこようか?」

「ありがとう、ウィリー。でも今はあんまりお腹空いてないや。今日はもう眠りますってお母さんに伝えてくれるかな?」

「うん、分かった。じゃあ、ママのスープは明日飲んでね。本当に元気が出るから!」

「うん、もちろん。明日いただきます」

「じゃあ、僕は下に戻るね。あ、そうだ。お姉ちゃん、今日は本当にありがとう」

「怖かったのに、よく頑張ったね、ウィリー」

私はウィリーの頭をポンポンと叩いて笑顔を見せた。

「えへへ、石を投げただけなんだけどね。今度は僕がお姉ちゃんを守るくらいにならないと。じゃあ、おやすみ。お姉ちゃん」

「おやすみ」

パタパタと可愛い足音を立てて、ウィリーは下へ降りていった。

部屋のドアとそっと閉めて、私は窓へと近づいた。外の景色を見る。この部屋は裏庭に面しているらしい。先ほど手を洗った井戸が見えた。

とりあえず眠ろうと思った。

さっきからずっと気分が悪い。頭痛もしてきた。顔色も悪いのだろう。

ベットに置いてあった、パジャマみたいな服に着替えるとかすかに石鹸の香りがした。いい香りと思いながら、ベットに入り天井を見つめる。すると、何かがスッと顔を流れ、耳にポタリと落ちるのがわかった。いつの間にか涙が流れていた。何度も手で涙を拭ったけれど止まらない。

声を押し殺して、私はしばらく泣いていた。

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