青の追憶 30

最初の目的地、キセの町に到着したのはハヴィスを出発してから一週間以上経っていた。

やっと一つ目の町に着いた、というのが私の感想。

特に何かをした訳ではないんだけど、旅って意外と疲れる……。きちんとした宿で休んではいるものの、毎日違う所で眠るというのが私にとっては結構キツイ。体力がないだけと言われればそれまでなんだけど。

昔、大学の卒業旅行でヨーロッパ周遊10日間をしたときも、最後のほうはヘトヘトだった。私はいろんな所を回る旅行というのは向いていないんだなぁとその時思ったっけ。

 

キセの町に入ってルースはまっすぐ宿へ向かった。迷わずどんどん進むので、きっとここも以前来た事があるのだろう。旅を一緒にしてから気がついたけど、ルースは土地勘が良い。初めて通った場所でも迷うという事がなかった。

荷物を宿に置いた後、教会へは歩いて向かう。レイモンドとアクアは宿でお休みだ。

「なんか暗い表情だな」

「そう見える?」

「なんとなくだけど。嫌なのか?」

「嫌とかじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「ほらこの間、水晶に血を注いだ後にさ、すぐ眠っちゃったんだよね。あれ、今回もそうなると思う。だから宿までルースに運んでもらうことになりそうだなぁ、って。歩けるくらいの体力が持つといいんだけど、ちょっと厳しいし」

「……」

「申し訳ないんだけど、宿まで連れて帰るのお願いしてもいい? あ、それともレイモンドを連れてこようか。休ませているから可哀想だと思って何も言わなかったんだけど」

「お前はそんな事を気にしているのか?」

「だって重いでしょ」

「宿に連れて帰るのなんか当たり前の事だろ」

「そうかもしれないけど、やっぱり疲れる事は避けたいじゃない? 私が自分で歩けるならそっちのほうが楽でしょ?」

「お前をかつぐくらい余裕だ」

「じゃあよろしく」

「だから、そんなくだらない事を気にしているんじゃない。自分の身体の事だけ考えてろ」

ルースは保護者みたいな事を言うなぁ。心配してくれるのは嬉しいけど、私はどうしても迷惑かけていないか? と気にしてしまい、ついゴメンって言いたくなる。でも、それを言うとまた怒られそうだし黙っていよう。

そうこうしている内に教会に着いた。外観はハヴィスで見た教会と似ている。重厚な扉をそっと押して中に入った。

「すごい……」

天井近くの窓は美しいステンドグラスで装飾され、太陽の光を浴びて輝いている。様々な色が教会内に溢れ、とても幻想的だ。天井を見上げながらしばらく見とれてしまった。その後にハッと気がついたように私は教会内を見回した。ステンドグラスに魅了されている場合ではなかった。

この教会は入り口からまっすぐ歩いていくと正面に祭壇がある。祭壇の後ろにはステンドグラスで描かれた女性の絵。たぶん、リヴィエだろう。中央の通路の両脇には細長い椅子が並べられている。熱心に祈りを捧げている人や、椅子に座りながら本を読んでいる人が見えた。

私は神官を探した。ジェラルドさんから、到着したら神官に会いに行くようにと言われている。

ちなみに神官じゃなくて神父なんじゃないの? と思ったけど、どうやらこちらでは神に仕える人は全員神官と呼ぶらしい。高位下位というランクはあるらしく、私達が寄る予定の教会は全員高位の神官と聞いた。

小声で「ここの神官はどこにいるの?」とルースに聞くと、あっちというように視線が動いた。祭壇の右側奥に扉がある。

その扉を開けると廊下だった。特に鍵もかかっていなかったので誰でも通れるらしい。ルースはいくつかのドアを横目に通り過ぎた後、ある所で立ち止まった。

「ここにいる」

「なんで分かるの?」

「ドアに紋章が彫ってあるだろ。この紋章がある所が神官の部屋と決まっているんだ」

「あ、手紙に押印されてある紋章と同じだね」

この紋章が神官のマークみたいな物なんだ。

「じゃ、入るぞ」

ノックをすると「はい」と声が聞こえた。しばらくしてドアが静かに開いた。

「あなた方は?」

丁寧な話し方なんだけど、なんか目つきが鋭い。不審者扱いされてる? 

「サラ、手紙を見せろ」

ルースに言われたとおりに、ジェラルドさんから受け取った手紙を男性に渡す。

私は文字が読めないから、なんて書かれているのか分からない。ルースに聞いたら、私達が教会に行くこと、私を水晶の所に連れて行くこと、旅に支障が出ないように援助すること、という内容が書いてあると教えてくれた。

その人は手紙に目を通すと、中の人と少し話しをしていた。

「……失礼いたしました。今、クレイグ様を呼んできますのでここでお待ちください」

足早に部屋を出て行く。

「こちらの椅子にどうぞ」

中にいた別の人が言ってくれた。

「あ、どうも」

気の抜けた返事をしつつ私は座った。

「あのー、さっき部屋から出て行った人とあなたは?」

「クレイグ様の側近です」

この教会の神官はクレイグさんというのか。この人達はジェラルドさんの後ろに控えていたバートさんとセスさんみたいな立場の人だろう。いきなり来た私達への視線がきつかったのは、神官の護衛という仕事もあるからかな。

クレイグさんは、温厚そうなおじいさんだった。

私を見ると「あんたがサラ……さんか?」と手紙と交互に見ながら聞いてきた。

「はい」

「ジェラルド様から聞いてはいたが、あんたのような人が……」

「何か?」

「……いや、気にせんでくれ。来て早々悪いが早速水晶の所に行ってもらうかね。ルースさんはこの部屋で」

「あぁ、待っている」

 

ルースとクレイグさんの側近を残して、さらに奥の部屋へと入る。特に変わった所はない普通の部屋だった。本が多いから書庫として使っているみたいだ。

「水晶のある場所に行く扉は隠し扉となっていてな。ハヴィス城でもそうだったろう? この本棚がその扉となっている。他の者に話しては駄目だぞ」

「はい」

本棚を横にスライドさせると、地下へと降りる階段が見えた。いかにもって感じだ。

「天井が少し低いので気をつけてな」

ランプを手に持ったクレイグさんが階段を下りていく。私もその後に続いた。階段を下りて平坦な通路を少し歩くと、小さな空間へと出た。

真っ暗な空間かとおもいきや、ランプがいくつか壁にかかっていたから、思いのほか明るかった。オレンジ色のぼうっとした灯りが空間を包みこんでいる。

その空間の中央で、水晶は静かに光を放っていた。

「これで人差し指を」

クレイグさんが短剣を渡してきた。ハヴィス城で使ったのと似ている。

私は短剣を握り締めた。ここの水晶は人差し指から血を与えなければいけないのか。そう思いながらしばらく手を見つめていた。

傷をつけるのは痛い。えいっ! という気合いが必要だったりする。

「どうかしたのか?」

私がなかなか始めないので、心配そうに聞いてきた。

「いえ、なんでもありません」

短剣の先端を左手の人差し指に触れさせると、ひんやりとした感触が伝わってきた。よし、と心の中で呟いた後、右手に力を込めた。鋭い痛みがはしり、指先につけた傷から血がじわりと滲み出てくる。

その指を水晶に触れさせると、視界が揺れ力が抜けるような感覚が全身を襲う。……相変わらず堪えるな。座りたいけど、椅子を用意してくれませんか? なんて言う雰囲気じゃないんだよね。我慢だ我慢。

ぐっと歯を食いしばりながら目の前の水晶を見つめる。

この水晶の力を回復させれば、アルヴィナの天災は少し減るのかな。それとも、全部の水晶を回復させてからじゃないと、意味がないのだろうか。その辺りは詳しく聞いていなかった。

すぐ傍に立っているクレイグさんを見ると、食い入るような眼差しで水晶を見ていた。

確か“もう平気だ”と声をかけてくれるまで、ずっと水晶に触れていなければいけないんだっけ。ジェラルドさんはそう言っていた。だけど、なんとなく終わるタイミングは分かる。力が吸い取られる感覚がなくなるからだ。

しばらくすると、フッと身体が軽くなった。あ、もしかしてもうすぐ終わりかな? 

「もういいみたいだな」

クレイグさんの声が聞こえた。水晶から指を離し、小さく息を吐いて後ずさるように一歩下がった。う……、ちょっと動いただけなのにクラクラする。ヤバイなぁこの感じ。

「ほとんど血は止まっているが、念のためにこれを巻いておこう」

私の人差し指に手際よく包帯を巻く。それが終わると

「上に戻るか。……歩けるか?」

「はい」

今回もかなり疲れているけど、たぶん上までは自分の足で戻れる。ゆっくりと元の道を戻り始めた。

だけど甘かった。十数段の階段がこんなにキツイとは。やっとの思いで地上へ戻り、ルースがいる部屋のドアを開ける時には視界が霞むくらいに疲れていた。クレイグさんがドアを開けると、ルースが椅子から立ち上がる。

「サラ!」

その声を聞いた瞬間、脚の力が抜けて崩れるように膝をついた。

「大丈夫か?」

「……なんとか、ね」

それだけ言うのが精一杯だった。

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