青の追憶 31

カタン、と小さな音がして少し冷たい空気を感じた。ここは……。

寝返りをうつと、窓際にルースが立っているのが見えた。窓を開けて外を見ているらしい。

「ルース」

声が掠れた。

ビクッと一瞬肩を震わせたルースはこちらへと寄ってくる。

「目が覚めたか。気分はどうだ?」

「平気。今、何時?」

「教会に行ってから1日以上経ってる。今は朝の7時過ぎだ」

今回もたくさん寝てるなぁ。よいしょ、と身体を起こす。

「起きて大丈夫なのか? まだ寝ていたほうが」

「これ以上寝たら、身体が痛くなっちゃうよ」

「本当に……大丈夫なのか?」

「なんで?」

「お前、眠っている時間が前より長くなっていないか?」

そう言われればそうかもしれない。

「今の所、身体の調子は悪くないよ」

「本当にそうならいいんだけど」

「それよりもさ、ルースはちゃんと休んだ? まさかずっと起きていたなんて事ないよね?」

「きちんと休んだよ」

「本当? なんか無理しそうだよね、ルースって」

「お前がそれを言うな」

軽くため息をつく。

「で、今日はどうするの?」

「サラが目覚めたらもう一度教会に来てくれってここの神官から言われているんだ」

「そうなんだ。じゃあ、もう少ししたら行こうか」

「午前中はまだ身体を休めてろ。午後になったら行こう」

「別に大丈夫だよ」

「午前は神官にもいろいろ仕事があって忙しいんだよ」

あ、そういう事。だったら、午後から行ったほうがいいか。私はすぐに納得した。

♣ ♣ ♣

「何か困っていることはないか? 資金や備品で足りないものがあれば用意するが」

私とルースは顔を見合わせた。

今の所、特に足りない物はないと思う。

資金はジェラルドさんが十分用意してくれた。用意された額が結構多かったから

「このお金はどこから調達したのですか?」と聞いたら「ハヴィス城の予算から捻出しました」と答えてくれた。ハヴィス城の予算ってみんなから集めた税金……だよね。税金を使って旅をするのは少し後ろめたい気持ちになったけど、これは必要な経費だと割り切って使わせてもらうことにした。

旅をする中で一番お金を使うのは宿代だ。私が旅に慣れていないし、体力もないからちゃんとベットで休んだほうがいいという事で、必ずどこかの宿に泊まっている。野宿をしたのは最初の1日だけだ。

ルースは仕事で各地を回っていたせいか町や村の様子に結構詳しい。いつも宿代が安くて居心地の良い宿を見つけてくる。買い物上手ならぬ、宿探し上手だ。

そのおかげで、今すぐ援助してください、と言う程お金は減っていない。当分は大丈夫だろう。

「まだ十分あるから大丈夫です」

と伝えると

「そうか。……この町を出るまでの間に、何か必要な物が出てきたら連絡をくれ。すぐに用意させる」

クレイグさんは少し目を細めながら言った。

 

キセの町に入ってから宿と教会しか行っていない。せっかく来たのだから、まっすぐ宿に戻らずにちょっとだけ見てまわりたいんだけど、とルースに言うと長時間は駄目だからなと言いつつも許してくれた。

この町は、今まで立ち寄った所の中ではダントツに大きい。

観光客になった気分でキョロキョロしていたら「子供だな」と言われた。いいじゃない、このくらい。弁解する訳ではないけれど、視線をあちこちに飛ばしていたのには一応訳がある。綺麗なガラス細工が並べてあるお店が多いからだ。綺麗な物は見ていて飽きない。それがあちらこちらに置いてあれば、あれは何だろう? これはいくらだろう? と興味がでるのは自然の事だと思う。ルースはあまりガラス細工に興味がないらしく、私がお店や露天を覗いているのを遠巻きに見ているだけだった。

お店を見ながら、ルースの話に耳を傾ける。

キセの町はガラス細工が有名な所らしい。それを買いにくる客も結構いるから、この町の主要な産業になっている、と教えてくれた。ふーん、そういえば教会にも立派なステンドグラスがあったしなぁ。ガラスと縁の深い町なんだろう。

いろいろ見ながら歩いているうちに、大きな広場に出た。「ここは?」と聞くと「キセの中心部」という返事。どうりで人が多いわけだ。建物が広場を囲むようにあり、ほとんどの所が1階で何かしらお店を開いていた。広場からは四方八方に道が伸びているらしい。広場につながっているいろんな道から人が現れる。

広場の中央には屋台があって、お菓子や飲み物を売っていた。その周りににはテーブルと椅子がおいてあり、オープンカフェのようになっている。多くの人がその椅子に座りながら、おしゃべりをしてる。

いいなぁ、こういう雰囲気。みんなが楽しそうに笑っているのを見ると心が和む。

ふと、ハヴィスの事を思い出した。みんな元気かな。この時間帯だとセイディさんは仕事でウィリーは学校だ。カリーナさん、アレシア、キャロルは昼食の後片付けに追われているだろうな。

ハヴィスを出発してまだ数日だというのに、もう懐かしくなっている。こういう時、私はあの街で溶け込むように生活してきたんだなぁと思う。“懐かしい”と思うほど私はあの街が大切になっている。

「どうかしたのか?」

私がぼけーっと立ち止まっていたからだろう。ルースが声をかけてきた。

「ううん、何でもない。……そろそろ宿に帰る? 私が連れまわしちゃったから疲れたでしょ?」

「このくらいで疲れる訳ねーだろ。それより、サラは腹が減ってないか?」

「ちょっと」

「ここで待ってろ。何か買ってくる」

宿で食べるからいいよ、と言う前にルースは歩き出していた。ちょっと……と手を伸ばしかけて、そのまま下ろした。あっという間に人混みにまぎれ、姿が見えなくなる。早い。まぁ、いっか。何か食べながら町を歩くのもお祭りみたいで楽しいし。

 

「どこまで行ったんだろう?」

壁に寄りかかりながら呟く。すぐ戻ってくると思っていたのに、なかなか帰ってこない。そんなに混んでいるお店に行ったのだろうか? 行列が出来るほど混んでいるお店は見当たらないんだけどな。ルースらしい人は……とさっきから探しているけど、人が多すぎて分からない。探しに行こうかな。“ここで待ってろ”と言われたけど、広場内なら動いてもいいよね。暇だし。とりあえず、ルースが向かった方向に行ってみよう。

広場を突っ切るように歩いたため、すぐに反対側にたどり着いた。食べ物を売っているお店はいくつかあるけれど、ルースらしき人はいない。違う所へ行ったのかな? 今度はぐるっと一周しながらさっきの場所に戻るか。その途中で見つける事が出来るかもしれないと思い、お店や路地を覗き込むようにしながら歩いた。

「―夜――かが―。――しく――ます」

「ま――て。いい――あげ――わ」

細い路地裏から聞こえてきたその声に私は立ち止まった。

あれ? 今の声は……、と通り過ぎた路地を覗き込もうとした。そのとき、一人の女性が出てきた。私は慌てて近くの屋台の影に座り込んだ。なんでそうしたのかは分からない。咄嗟に隠れてしまった。路地から出てきた女性は、大勢の人に紛れて見えなくなる。一瞬しか見えなかったけど、キレイな人だったような……。

その女の人が歩いていった方向を見ていたら、路地から足音がした。そっと振り返るとそこにはルースがいた。

屋台の影に隠れるように座っていたせいか、私はルースの視界に入らなかったようだ。そのまま広場の中央へ歩いていく。

……さっきの会話はルースとあの女の人? どうみても密会って雰囲気だったんですけど。とぎれとぎれの単語しか聞き取れなかったけど、夜とか言っていなかった? もしかして、今夜会う約束でもしてたのだろうか。

心がチリ……と痛んだような気がした。

ちょっと待った。なんで心が痛いんだ? そこまで私が気にする必要はない。うん、それよりも私も戻らないと。ここにいた事に気がつかれないように、違う方向から戻ったほうがいいかな。

 

「どこに行ってたんだ?」

私が遠回りをして戻ると、ルースはすでにその場所にいた。手には白い紙で包まれた物を持っている。

「あっちの方に探しに行ってた」

ルースがいた路地裏とは違う方向を指差しながら答えた。

「時間かかって悪かった。でも、あまり動くなよ。ここは人も多いから疲れるだろ。……ほら、これ。サラは甘いもの好きだったよな」

「あ、うん。ありがとう」

ルースが渡してくれた紙包みには、ドーナツっぽいお菓子が入っていた。揚げパンといったほうがいいかもしれない。

そのお菓子をかじりながら、そっとルースの様子を観察する。

道行く人を眺めながら、バクバクとお菓子を食べている。さっきの怪しげな雰囲気は微塵も感じられない。切り替えが早いタイプなんだろうか? 気にする必要はないと思っているけど、気がつくとさっきの事を考えている。私がこういう風に考えているのも、ルースにとっては大きなお世話なんだろうけど、やっぱりちょっと気になるよねぇ。あの女の人、誰だったんだろう? 

そこで私はある考えが浮かんでしまった。

もしかしてその、あれか? まさかね、あんまり興味なさそうだし。いや、でもルースも大人で男の人だし、そういうのがあってもおかしくないよね……。さっきの怪しげな雰囲気がどうも変な方向に想像を広げてしまう。女の人、夜という単語、そして微妙な雰囲気。えー、結構当たっているんじゃないの?

「何か言いたい事でもあるのか?」

お菓子を包んでいた紙を丸めながら言ってきた。覗き見していたのがバレてる。

「……このお菓子美味しいね。人がたくさん並んでいたんじゃないの?」

「いや、そんなに並んでない」

「そう? 戻ってくるのに時間がかかったから、てっきり混んでいた……」

あ、言い過ぎた。これじゃお菓子を買った後何してたの? と詮索しているように聞こえたかもしれない。

「? どうした?」

「な、何でもない。あ、ねぇ、明日は早朝に出発?」

当たり障りのない話題に変える。ちょうどよい。キセの町をいつ頃出発するかはまだ聞いていなかった。

「明日はまだここにいよう。すぐ移動するのはサラも疲れるだろ?」

え……?

ルースが言ったこの言葉で、私は疑いを深めてしまった。

今まで出発はいつも早朝だった。早めに宿を出て、暗くなる前に次の宿で休む、という過ごし方だったのだ。だけど、明日もキセの町に留まろうと言うのは、早朝出発に間に合わないから? もしかして、今日の夜から明日の朝まで宿に戻って来られないって言っているんじゃない? 考えすぎかもしれないけど、ルースと女の人の雰囲気から考えるとあながち外れてもなさそうな……。

私が黙っていたら

「さっきからなんかおかしくないか? 具合がまだ悪いんじゃねぇの?」

怪訝な表情をされた。

「何でもないよ。そうだね、明日はゆっくり休ませてもらうよ」

出来るだけ冷静を装って答える。

ルースだってそういう時はあると思う。旅のときは開放的になるというし。行く先々で何をしてもそれは自由だ。ルースはちゃんと道案内と護衛をしてくれるし、それで十分なのだ。それにいつも私の世話ばかりでは、いろいろとストレスも溜まるかもしれない。だから大きい町に来た時は羽目を外したいときもあるよね、きっと。女には避けられるタイプだ、とか言っていたけど、声をかければすぐに相手が見つかりそうだし。……うん、こういう事は知らないフリをするのが大人の対応だ。私は何も気がついていませんよって振舞おう。私は心の中で勝手に結論を出した。

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