青の追憶 33

まっすぐに伸びた赤い土の上をアクアは颯爽と走り抜ける。遠くから見たらさぞかし気持ちよく駆けているように見えるだろう。だけど、その上に乗っている私といえば

「ア、アクア! もうちょっとゆっくり!」

慌てふためいていた。

とてもじゃないけどこのスピードで走るのは無理だ。アクアは私の慌てぶりを敏感に察知して少し速度をゆるめてくれた。相変わらず賢い、と感心したけどまだ速い。もう少しゆっくりと合図を出そうとしたとき、隣からピィッと高く澄んだ音が聞こえた。その瞬間アクアは速度を落とす。

「これ以上の速さはまだ無理か」

レイモンドに乗ったルースが言う。

「ま、まだ厳しい」

短く答えた。私にとっては乗馬しつつ(しかも駆け足)会話をするのは大変だ。

「軽く走ることは出来るようになったし、今の所はいいか」

ルースは指笛を拭いた。アクアとレイモンドは駆け足から歩きへと動きを変える。このくらいゆっくりなら話せる。

「もし全力で走ったら振り落とされるね」

「イザという時のために、それなりに乗れるようにはなってもらうからな」

「……はい」

私は小さく頷いた。イザという時って、何かハプニングが起きたときだよねぇ。そういう事態になって欲しくないけど、万が一を想定して乗馬の練習はするべきだとは思う。だから、一人で乗る練習はしている。

「じゃあ、少し休憩するか」

ルースが言うとレイモンドはスムーズに止まる。ルースの言う事が事前に分かっていたかのような動きだ。私がアクアに止まってと合図を送ると何度か足踏みをしたあと止まってくれた。

止まるという動作一つでこの違い……。

アクアは賢いから私が下手でも嫌がる素振りをみせず、いつも私の合図に従ってくれる。といっても私がアクアに出す合図が中途半端というか曖昧だったりするから戸惑う事もあるみたいだ。そういう時はルースが合図を出す。そうするとアクアの動きには迷いがない。ルースが出す合図には絶対従う。もちろんレイモンドもだ。ルースが指笛で合図を出してその通りに動くアクアとレイモンドを初めて見たときはすごい! と、感心してしまった。アクアにはずっと私が乗っているから、主人は私という事になるんだろうけど、アクアは分かっている。私よりもルースのほうが自分達の扱いに長けていると。だから私よりもルースの言う事が絶対みたいだ。もし、私とルースが遠くから来い! と叫んだ場合、二頭ともルースの方へ走っていくのではないだろうか。なんかそう考えるとちょっと切なくなった。いや、ちょっと待った。子供みたいに拗ねている時ではない。アクアとレイモンドがルースの言う事に従うのは私達の安全のためだ。アクアの漆黒の瞳を見ながらたてがみをなでると、ブルルと啼いた。

「夕方には着きそう?」

「朝から結構飛ばしてきたからな。思ったより早く着きそうだ」

「そっか。良かった。ところでさ、ルースは次の村に行った事あるの? えーと、クラ……」

「クラカイ村はないな」

「ふーん、そうなんだ。地図で見ると大きな道から結構外れた所にあるよね」

「そうだな」

なぜかレイモンドが頷くように首を動かした。ルースの言っている事が分かるのか?

私は広げていた地図に視線を落とす。キセの町から次の目的地クラカイ村までは、馬に乗っても1週間以上はかかった。思ったより早く着いたとルースは言ったけど、乗馬に慣れている人だったら5日くらいで着いたのではないだろうか。地図についている印をぼんやり見てふと思った。あれ、今更だけどどうしてこのルート?

「ルース。ちょっと聞いてもいい?」

「あぁ」

「この地図を見ると、キセからクラカイ村までってさ、こういう感じに直線で来た方が早くない? 途中に村もあるみたいだし泊まるところにも困らないと思うけど」

私は地図にある道をなぞりながら尋ねた。クラカイ村は大きい道から外れていたけれど、それでも途中までは直線で進んだほうがいいのではないのだろうか。だけど実際はその大きい道を緩やかに外して曲線を描くように進んできた。

「その辺りはあまり通りたくなかったんだ」

「なんで?」

「……被害があった地域だからな」

その言葉に息が詰まった。そうか……、そうだった。アルヴィナは今、頻繁に天災が起きているんだ。私はその天災を鎮めるために旅をしているというのに、安全な所ばかりを通ってきたからその事を忘れかけていた。なんて能天気なんだ、私は。これではいけない。少しでも早く次の水晶の所に行かないと。

「ルースの決めた道順には従うけどさ……、あの、早く各地の水晶の所に行くためなら被害があった所を通ってもいいと思う。ほら、私、こういう体質だから誰か助けること出来るだろうし」

「……そう言うと思ったからその道を避けたんだ」

「え?」

「いい機会だから言っておく。いいか? 誰かケガをしている人がいて、その人を見捨ててその町を通り抜ける覚悟があるなら被害のあった場所を通ってもいい。だけど、サラはそうしないだろ。医者がいなくて困っている人がいたらその血で助けようとか考えるだろ」

「それが当たり前じゃ……」

「当たり前でも駄目だ。一度、誰かを助けたら大勢の人が助けを求めてくる。お前の血で助けてくれと言われるに決まってる。その人達全員を助けることは出来ない。サラの血は無限に湧き出てくるものじゃないからな」

声が出なかった。その通りだ。私の考えは甘かった。アレシアのかすり傷を偶然治してしまった時でさえ猛烈な疲労に襲われた。たぶん、1人……多くても2、3人をを助けるのが精一杯だ。それ以上無理をすれば私がもたない。唇をかみ締めた。浅はかな発言が恥ずかしい。

「リヴィエの力を復活させることが優先だ。それまで無駄な血は一滴も流させない。ジェラルドが問題が起こらないように、ひっそり旅をしろって言ったのはそういう意味も込めてだ。俺の言っている事分かるよな?」

「……分かる」

「ちゃんと覚えておけよ。すべてが終わるまでは自分の身体を一番に考えろ。自分の血で誰かを助けようとか思うな」

「目の前で誰かが辛そうにしていても?」

「……それでも、だ」

ルースは私を見て言った。

私の為に言ってくれていることは分かる。ルースが正しい。それでも私はグルグルと考えてしまった。

助けられる人だけでも助けたほうがいいんじゃないのか? そう思うと同時に、いろんな人に自分も助けてくれと言われ、全員を助けられないと伝えたとき、罵られたりしたら辛いなとも思った。自分が責められるのが怖くてどっちつかずの考えをしてしまう。

私がアルヴィナにいる意味ってリヴィエの力を復活させて天災をなくす事だよね……。今、その被害にあって困っている人を助ける事も出来ないなんて、申し訳なくてごめんなさい、と謝りたくなる。この血が無限にあったらいいのに、とどうしようもないことまで考えてしまった。

「そんな顔するな」

「え?」

「悪いなって顔してる。十分アルヴィナのために動いているんだから、これ以上サラが気にする必要はない」

ルースの瞳を見つめてしまった。

私に気を使わせないように被害にあった所をさりげなく避けて通ったり、ちょっと凹んでいるときにこういう言葉をかけてくれたり……。ルースは優しい。私が辛いな、と思っているときにいつも心が落ち着く言葉をくれる。その言葉を聞くと私はホッとすることが多い。こういうのには弱いんだよなぁ。まいった。

スッと視線を外して遠くを見ると青い空にくっきりと緑の山の線が見えた。その色の対比がとても綺麗だ。その上空を鳥が優雅に飛んでいる。被害にあった場所が近くにあったとは思えないほど、この場所はとても平和だった。

♣ ♣ ♣

「可愛い村だなぁ」

周りを見ながら独り言を言う。村の中はもちろんの事、クラカイ村は入り口からおとぎ話に出てくるような雰囲気だった。

森を抜けると“クラカイ”という木彫りの立て札(私は読めなかったけど、ルースに聞いたら教えてくれた)。そ の近くの小川には木の橋が架かっていた。その橋を渡るとクラカイ村に入る。森を抜けると立て札があって小川があって橋があるなんて妖精でもいるんじゃないの? と一瞬思った。実際は妖精ではなく、私達と同じ人間が普通に生活しているんだけど。

村に入ると今度はカラフルな屋根が目に飛び込んできた。といってもキツイ色ではなくやさしい色。ポストや柵もその家に合わせた色になっている。

「よそ見してないでちゃんと歩けよ。転ぶぞ」

すかさずルースの声が飛んできた。……私の前を歩いているのに、どうして私がよそ見しているのが分かるのだろう? 背中に目がついているのか、とツッコミたくなる。

ルースは村の中心に向かっていた。この村に来るのは初めてと言っていたけど、教会の場所はすぐに分かったらしい。今回は私にも分かる。鐘がついている塔が見えたからだ。教会にピッタリの塔だよなぁ。

その塔に向かって道を歩いていたら、前方の路地から小さな女の子がかけ出してきた。こういう光景も微笑ましい。かわいいなぁと思いながらその女の子を見ていたら、いきなり転んだ。私じゃなくてその女の子が。

道のど真ん中、ルースの目の前という絶好の(?)場所だ。一瞬、間が空いた後「う……」と声が聞こえた。私が近づこうとするより早く、ルースがその女の子を抱き起こす。

「大丈夫か?」

ルースが声をかけると、女の子は目にいっぱい涙をためながら首を振る。今にもわーんと泣き出しそうな顔だ。と思った瞬間「うわぁーん」と盛大に泣き始めた。

「泣くなよ。おとこ……じゃないな。女の子だろ」

「ルース、そのセリフは男の子に向かって言うんじゃ。しかもこんな小さい子に言っても……」

「分かってるよ。だから女の子って言い直しただろ」

女の子は顔を真っ赤にしながら泣き続けている。

「大丈夫だよ。ケガも全然ないし、すぐに痛いのもなくなるよ」

洋服についた土を払いながら言っても、女の子には聞こえていないようだった。

「親は近くにいないのか?」

ひょい、とルースが女の子を抱き上げる。ビックリしたのか目を大きく見開いてピタリと泣き止んだ。おぉ、なんか手品みたいだ。

「あ、泣き止んだ」

女の子はルースをジーっと見た後、すぐ後ろにいたレイモンドに目をとめた。

「お……、おうまさん。おにいちゃん……の?」

ヒクッとしゃっくりをあげながら話した。

「あ? あぁ。そうだ。レイモンドっていうんだ」

女の子を抱えたままレイモンドに近づく。

「れい……?」

「レイモンド」

「れ、レイモンド……」

「カッコイイだろ?」

「……きれい」

小さな手を伸ばしてレイモンドの顔に触れる。確かにレイモンドは美しい。子供にも分かるんだなぁ。

「良かったな、レイモンド。褒められたぞ」

ルースが言うとレイモンドは嬉しそうに鼻を鳴らした。

「この子、家まで連れて行ってあげないと」

私が言うとルースは「そうだなぁ、ここに置いていくのもなんか気が引けるしな」と賛成してくれた。

まだレイモンドに夢中の女の子に「おうちはどこ?」と尋ねると、あっち、と塔がある方向を指さした。

「教会の近くに家があるのかな」

「行けばわかるだろ」

それもそうだ。同じ方向に私達も用があるし、特に問題はないか。

 

「エルシーをどこに連れて行くんだよ!」

どん! と背後に衝撃を感じた。私がうわっとよろめくともう一撃。前につんのめるようにして転んだ。

「サラ!」

「へ、平気。ちょっと転んだだけ」

あはは、と笑いながら背後を見ると、男の子が私達を睨みつけていた。

「おにいちゃん!」

ルースに抱えられた女の子がパッと明るい顔をする。

「お前、この子の兄貴か?」

「エルシーを返せ!」

今度はルースにぶつかっていく。が、私はともかくルースにかなうわけがない。あっさり掴まっていた。

「放せ!」

とバタバタ暴れる男の子を荷物のように脇に抱えながら、女の子を地面に下ろす。

「サラ、立てるか?」

「それよりもさ、この子、何か勘違いしてるんじゃない?」

私は立ち上がりながらルースに聞いた。

男の子はまだ「エルシー逃げろ! 放せ! ばかやろー」など言っている。

「話を聞け」

ルースが低い声で言うと、男の子の動きがパタリと止まった。ちょ、ちょっと子供に向かってその言い方は怖くない?

「お前、妹を探していたのか?」

頭がかすかに揺れたのが分かった。頷いているらしい。

「ならいいけど。これからははぐれないように気をつけろよ」

と解放する。ボカンとした顔をしてる男の子に向かって

「おにいちゃん。おうまさん、レイモンドっていうんだよ」

女の子が屈託のない笑顔で話しかけていた。

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