青の追憶 36

まぶしい陽射しが降り注ぎ、カラッとした風が通り抜ける。

教会前の広場で、フィオンとエルシーちゃんを乗せたレイモンドがゆっくりと歩いていた。ルースはアクアに乗りながら、フィオン達の様子を見守っている。

私はベンチに座りながらその様子をぼんやりと見ていた。

 

私が目覚めてから3日経つ。

本来なら次の町へ移動を開始してもおかしくないけれど、ルースがまだダメだと言った。理由は私がいつもより眠っている日数が長かったから……らしい。

水晶に血を注いだ後、私が眠りについている日数はたいてい1日〜1日半だった。だけど、今回は2日以上寝ていたらしい。確かに目覚めた直後はなんか身体の調子がおかしかった。だから1日2日は休んだほうがいいなと思っていたけれど……。

 

「フィオンとエルシーはあなた達の馬を相当気に入っているみたいね」

柔らかい声が後ろから聞こえた。

「メリエルさん……」

一人の女性が微笑みながら立っていた。

「隣、いいかしら?」

「はい、どうぞ」

私はベンチの端に移動した。

「あれはハヴィス城の馬?」

「はい。ジェラルドさんが用意してくれたんです」

「そう。ジェラルド様、相当良い馬をあなた達に貸してくれたのね」

「そう思います。アクアとレイモンドは本当に賢くて」

「あなた達の命令は絶対聞きそうな子達だわ」

メリエルさんは微笑んだ。

「おばあちゃーん!」

エルシーちゃんがレイモンドの上から大きく手を振った。フィオンが「エルシー、危ない!」と言っている。メリエルさんが「気をつけるのよ」と言いながら手を振り返す。

目覚めた後に分かったことだけど、メリエルさんはクラカイ村の女性神官でフィオンとエルシーちゃんのおばあさんだった。

「サラさん、身体は大丈夫?」

「え? あ、はい」

急に聞かれたから少しどもってしまう。

「嘘はダメよ」

「え?」

「本当はあまり体調良くないのでは?」

ドキッとした。

どうして分かるのだろう。実は疲れやすいというか、フラフラすることが多い。ルースの前でそういう素振りを見せたくないから、平静を装っているけど、自分でもどうしてこんなに疲れやすいのかよく分からなかった。毎日たっぷり睡眠をとっているのにもかかわらずだ。

「やっぱりそうなのね」

「……はい。ルースには言っていないのですが、なかなか疲れがとれなくて」

「それは、短期間の間に力を注いでいるからだと思うわ」

「そうなんですか」

言われてみれば、ここ一ヶ月半くらいの間に3回、血を注いでいるからなぁ。

「だから、すぐに次の場所に行くのではなく時間をかけて……」

「それは出来ません」

「え?」

「出来るだけ早く各地の水晶の所に行くと決めたので」

「……それだとあなたの身体が」

メリエルさんは少しだけ眉をひそめた。

「大丈夫です。歩けないほど疲れているわけではないですし。それに移動はアクアに乗りっぱなしだから」

私がアクアを見ると、ルースがアクアの上からこちらをチラリと見るのが分かった。

「あの、この事は言わないでくださいね。ルース、結構心配性なんですよ」

「あなたの体調の事?」

「はい」

「そうねぇ、私が言うまでもないとは思うけど。ルースさん、あなたの体調の事、誰よりも気にしているもの」

「え?」

「そうそう、少し話しがずれるけどね、一つすごいわと思ったことがあるのよ」

意味ありげにクスクスと笑っている。

「水晶に血を注いだ後、あなたすぐに眠ってしまったでしょ? あの部屋には部外者を入らせる訳にはいかないから、私があなたを引きずるようにして水晶の部屋からルースさんが待っている部屋に連れて行ったの」

苦笑しながら言われた。

「ご、ごめんなさい。今回はいつも以上に疲れて……」

「違うの、責めているわけでないのよ。で、あなたを連れて行ったときのルースさんの行動が楽しくて」

「楽しい?」

「ルースさん、ものすごい勢いで私の傍に来てあなたをひょいと抱き上げたのよ」

「そ、そうですか」

「私の息子があなたを運ぶのを手伝おうか? って言っても、大丈夫です、とかなんとか言って誰にも触れさせようとしなかったの」

なんだか顔が熱くなってきたような気がする。

「ものすごく大切にしているのね、あなたの事」

「ルースは責任感が強いから……」

「それだけじゃないと思うわよ。あなたもルースさんの事を大事に思っているから、心配かけたくないんじゃない? 若いっていいわねぇ。甘酸っぱいわ」

ちょ、ちょっとメリエルさん、会話がなんか変な方向にいっていませんか? 

ルースの事は大切に思っているけれど、なんか話し方のニュアンスがちょっと違うような気が。

メリエルさんはからかうように笑いながら私を見ている。そんな風に見られたらなんと答えていいのかわからない。私がオロオロと迷っていると、メリエルさんは急に表情を引き締めた。

「……この村、良い村でしょう?」

いきなり会話が変わったけど、私にはこっちの話のほうが有難いので、さりげなく答える。

「はい。どの家も手入れが行き届いていて、住んでいる人達がこの村を大切にしているというのがよく分かります」

改めて広場を見回した。クラカイ村にはあちこちにちょっと休むためのベンチが置いてある。住人の手作りらしく素朴で温かい。

「でしょう? 私はこのクラカイ村で生まれ育ったの。若い時は外の町に憧れたときもあったけど、やっぱりこの村が大好きなのよ」

メリエルさんは目を細めながらフィオンとエルシーちゃんを見ている。

「……神官と呼ばれている人達はね、何か不思議な力があるみたいなの。その中でもジェラルド様や、これからあなた達が会う予定の神官は力が強い傾向にあるのよ。高位の神官だ、と聞いたでしょう? 私も一応そうなるの」

「そう、なんですか」

神官についてはあまり知らない。ただ、ジェラルドさんは私を呼んだくらいだからすごいんだろうなぁ、という認識はある。メリエルさんの話だと、高位の神官も結構強い力を持っていそうだ。

「だけど、やっぱりただの人間なの。今回のことでつくづくそう思ったわ。私はね、ただこの村であの子達の成長を見守っていきたいだけ。だからそのために出来る事なら何でもする、と思ってきた。だけど……」

言葉が途切れた。何か言いにくい事でもあるのかもしれない。

「どうかしましたか?」

今まで穏やかに話していた分、急に会話が止まると妙な胸騒ぎがする。

「あの……」

「ごめんなさい、サラさん。余計な事を話してしまったわ。自分が辛いからって理解を求めようとするなんて」

「辛いってアルヴィナの天災の事を言っているのですか?」

「それも……あるわ」

メリエルさんは何か言葉を飲み込んでいる。

「いえ、やはり今の話はなかったことにして。ごめんなさいね、どうも年をとるといろいろ話したくなってしまうみたいだわ。それよりもね、やはり体調のこともあるし先を急がなくてもいいと思うの」

「メリエルさん、先ほどの話は……?」

私が尋ねると黙って首を軽くふった。この件についてはもう触れて欲しくないのかもしれない。でも、もっと何かを伝えたかったように見えるんだけどな……。

「サラさん、やっぱり急いで回っても良いことなんてないわ」

「大丈夫です」

メリエルさんが私のためを思って言ってくれているのはわかる。でも、疲れやすいだけだしそんなに心配されるような事ではないと思う。何より、災害に怯えながらの生活って怖い。どうしようもない自然災害もあるけれど、私が頑張れば治まるのなら多少の無理はしても構わない。いや、しなきゃいけないと思う。

「時間はある……のよ?」

「気遣ってくれてありがとうございます。でも、ゆっくり旅をしていたせいで被害が増えてしまうのは出来るだけ避けたいです」

「……あなたっていい人なのね」

「いい人……、ではないですよ」

私は苦笑した。

正直に言うと、早く旅を進めれば災害も治まるし私も早く帰れるしいいんじゃない? くらいの考えなのだ。だから“いい人”なんて言われると違和感を感じる。

「どうして……、あなただったんでしょうね」

それはどういう意味ですか? と聞こうとした。

「おばあちゃん!」

レイモンドから降りたエルシーちゃんが駆け寄って来る。

その時、メリエルさんの口元がかすかに動いた。

―――何と言っているのかは、分からなかった。

TOPに戻る