青の追憶 37

頭上にどんよりと灰色の雲が広がっている。分厚い雲が太陽の光を遮っているから昼間なのに少しだけ暗い。今の所、雨が降る気配は感じられないけど、夜になったら怪しいな。

クラカイ村を出発して3日目、旅は何事もなく進んでいる。私の体調はあまり良いとはいえないけど、まぁなんとか平気だ。

次の目的地、ヨタハの町まではこのまま行けばあと3〜4日で到着するだろう、というのがルースの予想。私の乗馬技術も以前よりは上がっているはずだし順調なペースかな。私の体力の事を考えると今のペースが最大限の速さだと思う。このまま順調にいけば意外と早く最後の町に到着出来るんじゃないかな、と考えていた。

順調にいけば、の話だけど。

 

「ここを抜けてしばらく進むと、小さな村があるんだ。そこで休憩するか」

「うん、分かった。……それにしてもここってなんか出そうだね」

今、私達が通っている所は森の中だ。といっても山道を歩いているわけではなく、馬車一台がギリギリ通れるくらいの平坦な道を歩いている。なんか出そう、と思ったのは私の勝手な想像だ。ただ、木の枝が道の両サイドから覆いかぶさるように伸びているし、小鳥の可愛らしいさえずりではなく、見たことのない鳥のギャアギャアという鳴き声が頭の上から聞こえてくると、なんかちょっと……と思う。

「出るって何が?」

「幽霊」

ルースは怪訝な表情をしている。

「ユウレイって何だ?」

「え、幽霊っていない?」

「だから、ユウレイって何なんだよ」

幽霊って説明しにくいな……。死んだ人が霊となって出て来るんだよ、と言っても今度は霊って何だ? って聞かれそう。

「あのさ、アルヴィナでは亡くなった人はどうなるの?」

「土に埋める」

「そうじゃなくて……。えーと、なんていうのかな。……魂。そう、魂ってどうなる?」

「魂はリヴィエに戻る。生命の神だからな。すべてのものはリヴィエから生まれ、リヴィエに戻る。まぁ、俺は死んだら魂も何もないと思うけど。土に還るだけだ」

魂という言葉は通じるんだ。幽霊は日本の言葉なのかな。一般的に幽霊ってなんて言うんだろう? お化け?

「魂がどうしたんだ?」

「あ、ごめん。上手い言葉が見つからなくて」

「何のことだ?」

「さっきの幽霊って言葉だけど、私がいた所では亡くなった人の魂が……、この世に留まって生きている人を脅かす、という風に使われることが多いんだよね。良い幽霊もいるんだけど、たいていは怖い存在かな」

「魂がこの世に留まる? どうやって?」

「……それはわかんない。本当に魂がこの世にいるかどうかなんて確認しようがないし。ただ、亡くなる時に思い残したりした事があると、肉体はなくなっても魂がこの世に留まって出てくるというのが幽霊なんだよ。で、たいていがなんとなく怖そうな場所に出てくるんだよね。誰も居ないはずの廃墟とか。この森も薄暗いし不気味な雰囲気しない?」

「しねーな」

アッサリ否定された。幽霊という概念がないルースには、お化けや霊といった見えない恐怖という感覚が薄いのかもしれないな。私だって幽霊って言葉を知らなかったら、怖くないだろうし。

「……しないならいいんだけどね。うん、忘れて」

「まぁ、確かにこの森は薄暗くなったな。以前通った時はもっと明るかったけどな」

「以前ってどのくらい前なの?」

「3〜4年前」

そんなに経てば森の雰囲気も変わってると思う。きっと木の枝が成長したんだろうな。私は周りを見渡して不気味だなぁと思う理由に気がついた。この森に生息している木って、柳の木に似ている。墓地の近くにひっそりと佇んでいる儚いイメージの木。枝の細さや覆いかぶさってくる葉の感じが柳の木のイメージとかぶるから、不気味に感じるんだ。

「ユウレイって奴は出ないから安心しろ」

ルースが笑い飛ばすように言った。

私は黙って頷き、手綱を軽く握りなおして頭上を見上げる。

……空があまり見えないのって少し怖いな、と思った。

 

アクアとレイモンドは軽快に進んで行く。アクア達にとっては多少不気味でも森の中の方が涼しくていいのかもしれない。まぁ、不気味と感じていたのは私だけだったけど。どちらにしろ昼間だし幽霊なんか出るわけないよね。

そんな事を考えながらアクアの体を撫でるように軽く触れると、耳がピクッと動くのが分かった。気持ちいいのかな? それならもうちょっと撫でてあげよう、と手を動かした時だった。アクアが首を上げ、辺りをキョロキョロと見回している。え、何その反応。やっぱり嫌だった?

「サラ、アクアを止めろ」

少し前を歩いていたルースとレイモンドがいつの間にか止まっている。

「分かった」

アクアに指示を出すとちょうどレイモンドの隣に並ぶように止まった。だけど、いつもより落ち着きがない。レイモンドも耳をピンと立て、辺りの様子を探るように首を動かしている。

「なんかアクアとレイモンドの様子おかしくない?」

「あぁ」

そう言うルースもやけに厳しい表情をしている。

私が見る限りでは、周りに変わった様子はない。

肌をなでるように冷たい風が通り抜ける。森全体がザワザワと揺れると、アクアとレイモンドが同時にある方向を見た。動物は勘が良いから何かに気がつきやすいんだ、と以前ルースが言っていた言葉が頭の中に浮かぶ。ちょっと……、本当に見えない何かがいる?

「まさか、幽……?」

「違う」

ルースの鋭い声が静かに響く。

ガサガサと草を踏む音が聞こえたとき、私達がいる道の両サイドから何かが出てきた。

私の目にもハッキリ見えるから幽霊ではない。

それは、狼みたいな獣の群れだった。

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