青の追憶 38

な、なんでいきなりこんなのが出てくるんだ? と何気なく後ろを振り返ってひぃ! と声を上げそうになった。

いる、後ろにもいる。

……ヤバイ。ものすごくヤバイ。私達を囲んでいる獣が今にも飛びかかってきそうなのが私にも分かる。

アクアとレイモンドは警戒心のせいか、せわしなく足踏みをしている。

「ルース」小さく呼びかけながらルースを見ると、唇をかみ締めながら獣を睨みつけていた。マズイな、という顔だった。理由は分かる。私は戦えないからどう考えても足手まといにしかならない。部活で剣道でもやっていれば少しはマシだったかもしれないけど……。って今、そんな事を考えている余裕はない。

こうなってしまった以上、取るべき行動は一つ。

「ルース、逃げよう」

私は迷わず言った。アクアとレイモンドは足が速いから、逃げ切る事が出来る思う。後は私がアクアから振り落とされないように頑張るしかない。

「そうだな」

ルースはすぐに答えてくれた。じゃあ早速行こう、と手綱をにぎり締めたとき、隣にいた人影がすっと消えた。え? とそちら側を見ると、ルースはレイモンドから降りて剣に手をかけている。ちょ、ちょっと! 逃げようって言ったばかりなのになんで降りてんの? 

「ルース! 早く…」

「サラ、この森を抜けたら小さな村があるって言ったの覚えてるな? まっすぐそこに行け。絶対戻ってくるな」

私達を取り囲む獣達を見ながら早口で言う。

「何を言って……」

「俺もすぐに追いつくから。いいな。アクア、行け!」

ルースがアクアの体を叩くと、グンっと引っ張られるように私の身体が後ろに傾いた。アクアが走り出したからだ。待って! と言おうにも、アクアがあまりにも勢いよく走り出したため、声も出せない。ルースが獣を切りつけている姿が視界の端に映る。それと同時にレイモンドが私とアクアの進行方向にいた獣を蹴散らした。獣が怯んだ一瞬の隙をついて、アクアは素早く駆け抜ける。私が一瞬だけ振り向いて後ろを見ると、レイモンドが暴れるように動き回っている姿が少しだけ見えた。

森を抜け、ある程度離れてからアクアはスピードを緩めた。でも、歩きはしない。ルースが言った「まっすぐ村へ行け」という言葉を忠実に守り、わき目も振らずに道を走っていく。私は時々後ろを振り返って、ルースとレイモンドの姿が見えないか確認した。すぐに追いつくって言っていたけど、本当に大丈夫なんだろうか。逃げることしか考えていなかったから冷静に状況を把握できなかったけど、私達を取り囲んでいた獣の数は多かった気がする。

心配。ものすごく心配だ。でも……きっとすぐに追いついてくる。私は不安を抱えながらもそう自分に言い聞かせた。

♣ ♣ ♣

その村は、森を抜けて15分ほど走ると見えてきた。

村の入り口でアクアが止まると少しだけホッとした。アクアに乗ってこんなに思いっきり走ったのは初めてのことだ。

「ありがとう」

声をかけながらアクアから降りる。地面に足が着いた瞬間、ガクッと膝をついてしまった自分に舌打ちしそうになった。急がなきゃ。ここでへたり込んでいる場合ではない。

立ち上がりながらアクアが走ってきた道を振り返る。ルースとレイモンドの姿はまだ見えない。胸が締め付けられるように苦しかった。

「アクア、少しだけここで待ってて」

私は村の入り口から一番近い民家に向かって走った。

「すみません! 誰かいませんか?」

ドアを叩きながら声をかける。

「すみません!!」

再度、大きな声を出したとき、木のドアが開いておじいさんが中から出てきた。

「あんた、どうしたんだい? そんなに慌てて」

私を見た瞬間、この村の人間ではないな、という事が分かったみたいだ。明らかに不審げな表情をしている。だけどそれを気にしている暇はない。

「すみません、この村に警察……、いえ兵士か護衛の仕事をしている方とかいませんか?」

アルヴィナには警察という組織がない。町の治安維持をしているのは国の兵士だ。小さい村だと、兵士もいなかったりする。そういう時はルースみたいな護衛の仕事をしている人が兵士の代わりを担っていることがあった。

「いきなりどうしたんだい? 訳を」

「私の連れが、あっちの森で獣に襲われたんです。私だけ先に逃げてきて……」

森がある方向を指差しながら答える。指差した方向を見て、おじいさんは表情を曇らせた。

「あの森で? それは危ないな……」

「すぐこの村に来るって言っていたんですけど、まだ来ないんです。何かあったのかもしれない。だから、助けに戻らないと。お願いします、誰かいませんか」

私の切羽詰った状況を理解してくれたのか、さらに表情を曇らせた。

「この村は小さいから、兵士や護衛の人はいない。いるのはワシみたいな老人と、女子供だけでな。働き盛りの男はほとんどが出稼ぎでここには……」

「そんな……」

おじいさんや女性に向かって、獣退治するために一緒に来てくださいなんて言えない。子供なんて論外だ。

どうしよう、私だけで助けに戻るべき? でも、戦えない私が戻っても迷惑になるのは分かっている。それに絶対戻ってくるなってルースは言っていた。その言葉を守ってここで大人しく待っていた方がいいのかもしれない。ルースは強いはずだ。それにレイモンドもついている。いろんな想いが頭の中を駆け巡った。ルースなら大丈夫だ、いやでも、万が一……。ギリッっと歯軋りをしてしまう。

―――決めた。やっぱり私が一人で戻ろう。アクアがついているしなんとかなる。ただ、手ぶらで戻っても意味がないから……。

「何か武器を貸してもらえませんか? 出来れば柄の長い槍みたいのがいいんですが」

私は思い切って尋ねた。剣は使えないけど、槍みたいな長い棒のようなものだったら、追い払うくらいなら出来るかもしれない。

「武器って……。あんた一人で戻るつもりかい?」

「はい」

「馬鹿な事を言うんじゃない! 何のために、連れの人があんたを逃がしたと思っているんだい。武器を持ったからって、あんたみたいな小柄な娘が戦える訳がない!」

「分かっています。でも、ここでじっとしているなんて」

「あんたが戻ってまた襲われたらどうするんだ? 連れの人の意思がムダになるだろう」

おじいさんの言う事は間違っていない。だけど……。

「もし、ケガをして倒れていたりしたら大変です。やっぱり誰かが行かないと」

「やめておきなさい!」

私はグッと唇を噛み締めて俯いた。

「ごめんなさい。迷惑かけて……。失礼します」

踵を返しアクアの元へ戻ろうとした。

「待ちなさい! あんた一人で行くのか?」

厳しい声が後ろから飛んできた。

愚かな行動だと分かっている。戻ってくるなと言われているのに、戻ろうとしているなんてルースを信じていない事なのかもしれない。でも、でも……、やっぱり気になる。このままここで待っているなんて出来ない。

背後からため息が聞こえた。

「ワシが一緒に行こう」

おじいさんが諦めたように言った。その言葉に驚いて振り返る。

「そんなご迷惑はかけられません」

「若い娘を一人で獣の群れに返す訳にはいかないだろう。これでもワシは昔、城の兵士だったんだ。少しは使えるだろ」

「でも」

「言う事を聞きなさい」

「……ごめんなさい」

「いいから、早く行くぞ」

「はい」

私はアクアの元へと走った。

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