青の追憶 39

おじいさんが馬に乗る。

私も落ち着きのないアクアに無理矢理よじ登った。

「アクア、ごめんね。さっき来た道を戻ってくれる? お願い」

そう言ってアクアのわき腹を軽く蹴り“走れ”の合図を出す。

? ? ?

 

いつもならスムーズに走り出すのにちっとも動く気配がない。それどころか、体全体を大きく揺らし私を落とそうとしている。

「どうしたの? ちょ、ちょっと!?」

私は振り落とされてしまった。

「大丈夫か?」

おじいさんが馬上から声をかけてくる。

私は無様にひっくり返ってしまい、目の前のアクアと鉛色の空と呆然と見上げていた。

なんで? どうして? いつものアクアは絶対こんな事しない。

ヨロヨロと立ち上がり、アクアに手をかける。

「お願い、アクア。乗せて」

そう言って乗ろうとしても、今度はまったくダメだった。

私の手から逃げるように離れ、道の真ん中に立ちはだかる。

「ダメだ。あの馬はあんたを乗せて戻る気はなさそうだ」

おじいさんが呟いた。

そんな……、とアクアを見つめる。

そして私はやっと理解した。あぁ、アクアはルースの言いつけを守っているんだ。絶対戻ってくるな、と言ったルースの命令を。

アクアは悔しいくらいに賢い。ルースの判断の方が正しいということが分かっているんだ。そして私がやろうとしていることはただの無謀な行為でしかない、という事を。

私は一瞬おじいさんの馬に乗せてもらおうかと思った。だけど、乗せてもらったとしてもアクアが通してはくれないだろう。

どうしよう? と途方に暮れた。

「あれはアンタの連れじゃないのか? 馬がこちらに駆けてくるぞ」

その声にハッと顔を上げた。

アクアが立ちはだかっているその先の道から、黒い馬が猛スピードで走ってくる。

顔までは見えない。だけどあの雰囲気は……。

「ルース! レイモンド!!」

 

ルースとレイモンドはあっと言う間に私達の前まで来た。

「サラ、大丈夫か?」

レイモンドから飛び降りながらルースが声をかけてくる。

私は大きく首を縦に振った。

「お前、泥だらけだけどどうしたんだ?」

私の洋服を見ながらいぶかしげに言う。

「その馬から振り落とされたんだ」

おじいさんがいつの間にか近くに来ていて答えた。

「アクアが?」

「森に戻ろうとして馬に乗ったんだけど、その馬はこの娘さんの言う事を聞かなかったんだ。その上、戻らせないというように立ちはだかってな……」

「よくやった、アクア」

ルースが優しい声でアクアを褒める。アクアもなんだか嬉しそうだ。

それにしても良かった。無事で本当に良かった。はー、っと胸を撫で下ろしていると、ルースが私のほうに振り向いた。

「サラ、この人は?」

おじいさんに視線を移した。

「え? あ、えーとこの村の人。すみませんお名前は……?」

そういや名前も知らなかった。私の中途半端な説明に苦笑いしつつおじいさんが答える。

「ロッドだ。良かったな、連れの人が無事で」

「はい」

「何か、コイツがしましたか?」

ルースがおじいさんに聞いた。

「あんたを助けに戻らなきゃいけないから誰かいませんか?ってすごい勢いでワシの家に押しかけてきてな」

「え?」

「この村には女子供と老人しかいないって言ったら、自分1人で戻るから武器を貸してくれって。たくましい娘だな」

「……」

ルースが顔をしかめている。……なんか嫌な予感が。

「どうしてそういう事を考えるんだ!」

予想通り怒鳴られた。

「絶対戻ってくるなって言っただろう! 俺が危ないとでも思ったのか!?」

そんなに怒鳴ることじゃないんじゃない? と思ったけど、私にも言い分はあるので反論はする。

「万が一を考えて……。もし、倒れていたりしたらと思うと、どうしてもじっとしていられなくて」

「そんな事ある訳ないだろーが!」

「でも、ケガとか……」

そこで初めて気がついた。服の袖に少し隠れていたけど、ルースの左腕に包帯が巻いてある。森に入る前はなかった。

「その腕どうしたの?」

私が聞くとルースは「あぁ、ちょっとだけな」と何でもないように左腕を軽く押さえた。

白い包帯が赤く染まるくらいのケガを“ちょっとだけ”とは言わない。

「どこがちょっとなの? 結構出血しているじゃない」

「多少出血はあったけど、傷は浅い。薬を塗って手当してあるから平気だ。城からもらった良い薬だから」

良い薬だからすぐ治るとでも言いたいのだろうか。そりゃ、ジェラルドさんが用意してくれた薬だから、一般の薬よりは効き目がいいのかもしれないけど……。

「医者に見せたほうがいいんじゃないの?」

「平気だ。俺のケガはどうでもいいんだ。それよりもな、危ないことはするなって何度も言っているだろう? 俺は護衛の仕事をしているんだから、」

「ロッドさん、この村に泊まれる所はありますか!?」

とっても話が長くなりそうな予感がしたので、私はルースの言葉を遮って言った。

「あ、あぁ。一軒だけ」

ロッドさんが驚いた様子で答える。

「ルース、今日はもうこの村に泊まろう! アクアとレイモンドも疲れていると思うんだ!」

勢いにまかせて話しかけると、ルースはあっさりと「そうしよう」と頷いた。

よし、上手く話を逸らすことが出来た。

 

ロッドさんに教えてもらった宿に着いてからも、ルースはずっと「危ないだろうが」とか「どうして戻ってこようとか考えるんだ」とか「自分の身を大切にしろってあれほど言ったのに」とかしつこいくらいに言っていた。

結局、説教されるのか……。

心配して言ってくれているのは分かる。分かるんだけど、ちょっと面倒になってきたので「うん、そうだね」とか適当に答えていたら「真面目に聞けよ」とさらに怒られた。

はい、すみません。でもそんなに言わなくても……と少し思ってしまう。戦うのは足手まといになるかもしれないけど、大声だして獣達を追い払うとかは私にでもできるんじゃ? ……いや、やっぱ無理か。どう考えても戦いでは役に立ちそうにないな。分かりきっていた事だけど少し凹む。結局今回もルースとレイモンドとアクアのおかげで乗り越えられたようなものだ。旅をしている間はずっとこうなのか。はぁ、と小さくため息をついてしまう。

「今日は悪かった。……危険な目にあわせて」

さっきまで私にお説教をしていたルースが急に神妙な顔つきで言ってきた。あ、もしかして今のため息で気を使わせてしまった?

「私は別に平気だよ」

「いや、あの森を通ろうって決めたのは俺だ。以前通ったときは何もなかったからって油断してた」

「気にしすぎ。結局私は1人で先に逃げちゃったし。こっちこそ役に立てなくてごめん」

口に出して言うと、本当に役にたってないよなぁと実感してしまうけど、本当の事だから仕方ない。

「サラは悪くない」

「でもさ、私がもっと……」

「俺がもっと注意しなければいけなかったんだ」

強い口調で言った後、ルースは額を軽く押さえた。

あれ? なんか顔色が悪くない?

「大丈夫?」

「一晩休めば平気だ。……悪いけど、今日はもう寝る」

もちろんです。ぐっすり寝てください。

「うん。疲れただろうから今日は早く寝て。アクアとレイモンドの世話は私がしておくから。あ、ご飯は食べる?」

「いや、いい。……悪いな。サラはちゃんとメシ食って休めよ」

こんな時まで私の心配をするのか。苦笑してしまう。

「分かってる」

「じゃあ」

ルースは部屋へと入っていった。

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