青の追憶 41

小さな灯りが部屋の中で揺れている。

私は静かに眠っているルースの様子を見ていた。

こういう風に眠るルースを見るのは初めてだった。宿に泊まるときは部屋が別々だから、どういう風に眠るのか知らない。数少ない野宿のときでも、たいてい私の方が先に眠ってしまい目が覚めたときはルースは起きている。ちゃんと眠ったの? と聞くと、いつも「大丈夫だ。ちゃんと休んだ」と笑いながら言ってくれた。本当かどうかはわからないけど、日中も眠そうにしているのを見たことなかったし、ちゃんと休んではいるんだろうって勝手に思っていた。だけど、本当は見張りとかでずーっと起きていたのかもしれないな……。

ゆっくり休んでほしい。だけど、今は早く目が覚めてくれないかな、とも思っている。ケガなんかなかったかのように起き上がって「あれ? お前、なんでここにいるんだよ。寝ろっていっただろ! 」と怒られてもいいから声が聞きたい。

……あの青い瞳が見たい。

ルースの顔をみる。相変わらず血の気がない。

まだ、出血は止まらないんだろうか? ケガをした左腕をチラっと見ると、さっき巻きなおした包帯にうっすらと血がついているのが見えた。

おじいさんはルースなら大丈夫だろう、と言ってくれた。その言葉を信じたい。

だけど……もし、もしも出血が止まらなかったらどうしよう? 

おじいさんに薬を取ってきてもらうとしても、それまでルースの体力がもたなかったらどうしよう?

 

そうしたら、ルースは……死んでしまうかもしれない。

一瞬そう思ってしまっただけで、心が引きちぎられるように痛かった。心臓がドクン、ドクンと大きく鳴り響く。落ち着けと自分の胸に手を当てようとしても、その手さえ震えていた。冷や汗をかいて、呼吸が浅くなって、めまいがした。

―――嫌だ。

あの青い瞳が見られない?

あの笑顔が見られない?

何やってるんだ! と怒った声が聞けない?

冗談じゃない。嫌だ、嫌だ。

ルースがいなくなるなんて絶対に―――嫌。

大きく、大きく深呼吸をした。

出血さえ止まれば大丈夫なはずだ。あの血さえ止まれば。

……血。……血?

ブツブツと呟いて、あっ! と小さく声をあげた。

私の血!

今頃気がつくなんて、なんて馬鹿なんだ。私は。

アレシアのケガを治していたし、回復させる力があると言っていた。私の血を使えばルースの出血を止める事が出来る!

それに気がついた私は自分の部屋へと戻り、小さなナイフを持ってきた。たまに果物の皮を剥いたりするのに使っていただけだから新品同様。一応、キレイな水とタオルで拭いておけば衛生面にはそんなに問題ないと思う。っていうかこれ以上キレイにする方法が分からない。消毒液なんてないし。

そのナイフと右手に握り締め左手を見つめる。どこに傷をつけようか……。腕かな。いや、でも腕をルースの傷口に当てるのってちょっとやりにくい。だとすると手が一番いいんだけど、指先は水晶に血を注ぐときに必要だから……。

掌しかない。決まりだ。

ルースの左腕の包帯をほどく。獣に咬まれた痕からジワリと血が滲むのが見えた。早くしなければ。

私は右手にナイフを握り、左手の掌に傷をつけた。

(いだっ。)

痛い、と言いたくなるのをこらえる。

1センチくらいの傷をつければよかったんだけど、勢いあまって3センチくらいの傷をつけてしまった。いや、今はそんな事はどうでもいい。

自分の掌から血が滲んでいるのを確認した後、私はルースの腕にそっと触れた。

その瞬間に襲ってくる虚脱感。

……やっぱりそうだ。この感覚がするという事は、ルースの傷もこれで治る。良かった、これで大丈夫だ。

しばらくそのままじっとしていた。動きたくても動けないというのもあるけど。

ルースの顔色は今も悪いけど、出血が止まって朝になったらちょっとは良くなっているんじゃないかな。その様子まで見たいけれど、たぶん私は眠っているから無理だろうな。

視界がグラグラと揺れた。まだ……かな。身体が辛くなってきた。

血を使って何かをするという行為、回数を重ねる度にどんどん辛くなる。単純に貧血気味とか旅の疲れが溜まっているとうのもあるのだろう。だけど、それだけでは説明できない何かがあるようで少し怖い。

……考えても仕方ないか。結局、すべてが終わるまでは分からない。頭を軽く振った。

「う……」

めまいがしていたのに、頭を動かしてしまったので余計に気分が悪くなった。馬鹿だ。

その時、フッと身体が軽くなった。あ……、終わった? 

手を離すと、ルースの左腕は血まみれだった。ルース自身の血が滲み出ている所に、私の血を押し付けたのだから当然だ。とにかく出血が止まったかどうかだけは確認しないと。

タオルで傷口の周りの血をそっと拭き取る。獣が咬んだと思われる痕は……。ランプを手元に持ってきて、傷があった辺りをじっくりと見た。……よし、大丈夫だ。うっすらと咬まれた痕は残っているけれど、血が出ている様子はない。私はそれを確認すると、念のためルースの腕に新しい包帯を巻いた。あと、私の手にも巻いておいたほうが良さそうだ。といっても片手で上手くは出来ないので、適当にグルグルと巻きつけておいた。

ふぅー、と息をついて床に座り込む。

本当はルースが目覚めるまで起きていたかったけど、ダメみたいだ。隣の自分の部屋にも戻る事も出来ないかも。疲れすぎて立てないし。自分の部屋には自力で戻れないし、宿の人を呼ぶのも気が引けるし(そうとう大きい声を出さなきゃいけないからそれもキツイ)、ルースのベットにお邪魔する訳にもいかない。かといって正直な所、床で寝るのは勘弁したい。

何かないかな、とゆっくりと辺りを見るとある物が映った。ルースの荷物だ。

ズルズルと這うようにしてその荷物の所まで体を動かす。ラッキー。ジェラルドさんが用意してくれた毛布がある。これがあれば床の上よりはかなりマシなはず。力を振り絞って毛布を縛っている紐をほどき、それにくるまる。フワッっと大地の匂いがした。これは、草と土の匂いかな。って当たり前か。この毛布を使うときはいつも外だしね。

その匂いに混ざって微かにルースの香りがした。ルースは香水をつけてはいない。だけど、確かにルースの香りだ。上手く言えないけど、温かくてすごく安心する。香りなのに温かいと感じるって変だよなぁ。

視線だけを動かしてルースを見る。さっきと同じ体勢で静かに眠っているようだ。今の私の位置からだと、顔色を見る事が出来ない。だけど血は止まったし大丈夫だ。何も心配する事はない。朝になったらルースは目覚める。あー、でも「勝手な事しやがって」とか怒られるかもしれないなぁ。……それでもいいや。あの青い瞳を見られるなら。

ルースがいれば……、ルースが助かるのならそれだけでいい。

少しずつ薄れていく意識の中で、私は気がついた。

あぁ、そっか。私……、私はルースのこと……―――。

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