青の追憶 42

目が覚めたとき、一番最初に見えたのはオレンジ色の天井だった。赤に近いオレンジ。燃えるような色というのだろうか。あまりにも鮮やかな色だったから、しばらく見惚れてしまった。

ここは、私が泊まっている宿、だよね。部屋中がオレンジ色に染まっているから今は……夕方? 

もぞもぞと左手を動かして顔の前に持ってくると、丁寧に巻かれた包帯が見えた。私、こんな綺麗に巻いたっけ? 手をひっくり返し包帯を観察する。どう考えても私が巻いた包帯じゃないな。となるとルースが手当てをしてくれたのだろうか。

あ、ルース!!

そうだ、ルースの具合はどうなんだろう? 出血は止まっているとは思うけれど、私はルースが目覚めた所を見ていない。まさか、貧血が酷くて眠っているなんてことはないよね? 

ぎゅうっとペンダントを強く握り締めていた。とにかく会わなきゃ。

そっとベットから降りる。フラフラするけどいつもの事だ。

廊下に出てすぐ隣のルースの部屋へと向かった。

「ルース、いる?」

返事はなかった。少し迷ったけどドアを開けることにした。

中を覗くと誰もいない。どこにいるんだろう? 

「あら、もう起きて大丈夫なの?」

振り向くと宿の人がいた。

「あ、はい」

「良かったわ。あなたずっと眠っていたから医者を呼ぶかどうか主人と話していたのよ」

「すみません、ご迷惑かけて」

「気にしなくていいのよ。それにね、あなたの看病はずっとルースさんがしていたから、私達はほとんど何もしていないのよ」

「あの……ルースが部屋にいないようなんですが、どこにいるかご存知ですか?」

「きっと馬小屋じゃないかしら」

「馬小屋?」

「ルースさん、あなたの傍にいないときはたいてい馬の世話をしていたわ」

「そうですか。ありがとうございます」

私は宿の隣にある馬小屋に行くことにした。

外に出ると辺り一面が夕日で真っ赤になっていた。

「すごい」

怖いくらいに美しくて赤い太陽だった。こんな夕日はなかなか見られない。

そんな事を思いながら馬小屋へと向かう。入り口に立つと、夕日を背にうけて影が長く伸びた。馬小屋にはアクアとレイモンド以外の馬もいたけど、アクア達はすぐに私に気がついたようだった。首を上げてこちら側を見ている。すぐ気がついてくれたのがなんか嬉しい。アクアにブラシをかけていたルースの動きが止まった。

「どうした?」

と言いながら、こっちに振り向いた。その瞬間に表情が固まる。

私がいるのってそんなに驚くことじゃないよね? 

「……サラ」

「おはよう、ルース。ってもう夕方だね」

「あぁ」

「私、どのくらい寝てた?」

「3日間くらい」

「やっぱ長いね。ま、仕方ないか」

軽く笑いながらルース達の方へと歩いていく。すると何故かルースは俯き足元をじっと見ている。様子がおかしい。

「もしかして具合悪い? ケガ、治ってなかった?」

恐る恐る聞いてみた。

「違う。ケガは良くなってる。傷痕もほとんどわからない」

なーんだ、良かった。ホッとした。でもこの微妙な態度は何? 

「何かあったの?」

気になったので率直に聞いた。俯いていたルースはパッと顔を上げると、私の顔を睨むように見た。

「サラ、どうして俺の傷を治した?」

「え?」

「お前、血を使っただろう? あの獣に咬まれた傷がたった1日で治るなんてそれしか考えられない。何より、お前の手にはナイフで傷つけたような痕がついているからな」

「何でって言われても。ねぇ?」

同意を求めるようにアクアと見たけど、全然違う方を見ていた。無視しないでよ、アクア。

「言ったよな? 血を使って誰かを助けたりするなって」

「そうだけど状況が状況だったから……。特殊な薬が必要って言われたし、出血が酷いように見えたんだよ。ルースの顔色真っ青で、それに……」

「それに?」

「い、いや何でもない」

危ない。口を滑らせる所だった。

「俺があれくらいの出血でどうかなるとでも思ったのかよ」

なんか口調が刺々しいんだよなぁ。

「宿の人が静かに寝かせておけば大丈夫だって言ってくれたんだけどやっぱり心配で。でも、元気になってよかった、本当に」

「俺がどう思うかは考えなかったのか?」

「え?」

ルースがどう思うかって……。確か怒られるだろうなぁって思ったんだよなぁ。あ、でもそれは血を使った後か。その前はルースが居なくなるなんて絶対嫌だからなんとかしないと、って事しか考えていなかったような。

「俺は……、目が覚めてサラが眠っているのを見て、もの凄く腹が立った。俺は何のためにここにいるんだよって」

「護衛でしょ? 前も言ったじゃない」

「そうだよ。なのに護衛の俺がサラを危険な目にあわせてどうするんだよ」

「別にそんなに危険な目には合ってない……」

「3日も寝てたんだぞ!? しかもどんどん体力落ちているみたいだし、行く先々で傷作って血を流して……。これのどこが危なくないんだよ」

全く危険がない、とは言い切れないけど。

「最初から分かっていた事じゃない。体力が持たないのは想像以上にキツかったけど」

「だから言ってるだろ。自分の身体の事だけを考えてればいいんだ」

うーん、私は自分の事しか考えていないと思う。もしルースが助からなかったら、いなくなってしまったら……と考えるとダメだった。そう考えるだけで凄く辛かった。だから自分が楽になる方法、つまりルースが助かる方法を真っ先に実行した。もしもあの時、ルースと似たような状況の人がもう一人いてどちらか一人しか助けられないとなったら私はルースを選ぶ。自分の身体と心を守るために。

そういう意味で私は自分の事しか考えていないんだけどなぁ。でも、そんな事は言えないから曖昧に笑うしかない。

「何、笑ってんだよ」

「ルースは本当に優しいね。いつも人の心配ばかりしてる」

「アルヴィナのためにフラフラになってまで旅してる奴に言われたくねーよ」

正確に言うと自分の世界に戻るためなんだけどね。

「ルースが怒るのも分かるけど、今回の事については謝らないよ。間違ったことはしてない」

ハッキリと言った。

「そうじゃない。俺なんかのためにお前の大切な血を使うなって言いたいんだ」

そんな言い方はしないで欲しい。大切だからこそ、大事な人に使いたいのに。

そういう風に思っていた事が表情に出てしまったのかもしれない。

「……悪かった」

ルースが申し訳なさそうに言った。

「ただ、俺が言いたいのは」

「自分の身体を大事にしろ、でしょ? 分かってるって。もう血を使って誰かを助けたりしないから」

「本当か?」

「うん。たぶん」

「たぶんって。おい」

「この話はもう止め。とにかくさ、元気になったんだからいいじゃない」

「お前なぁ」

これ以上は何を言ってもムダと感じ取ったのか、呆れた表情をされた。

「早く次の町に行かないとね。明日からもよろしく」

アクアとレイモンドが前足で地面をかいている。ちゃんと意味が通じているんだ。本当に賢いなぁ。

「じゃあ、私は宿に戻ってるね」

今までずっと眠っていたとはいえ、明日のために身体を休ませておいたほうがいい。

「サラ」

馬小屋を出ようと歩き始めたその時、呼び止められた。

「何?」

ルースを見ると視線が真正面からぶつかった。

「俺の腕の咬み傷、結構やっかいなものだったんだ」

「うん、そう聞いた」

「宿の主人が驚いていたしな。出血の割りにこんなにすぐ動けるなんて珍しいって。よっぽど体力があるんだなって感心された」

「いつも鍛えてるからじゃない?」

「サラのおかげだ。助かった。……ありがとう」

そう言って微かに笑った。青い瞳が少し細められる。

それを見たとき思った。

良かった。ルースが元気なってくれて本当に良かった。

笑った顔、怒った顔、呆れながらため息をつく顔、アクアやレイモンドに接しているときの優しい顔、どんな表情でもいい。いろんな表情を見せてくれるだけで私は嬉しくなる。

私はルースが好きだから。

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