青の追憶 45

扉の向こう側から乱暴に歩く音が聞こえる。

この静かな建物内を歩き回るにはふさわしくない足音だな、と思っていたその時、盛大な音と共に扉が開いた。その音に驚いて振り向くと、大柄な男性がズカズカと入ってきた。

誰? この人。

「セーファス様!」

その後ろから聞こえてくるフェイさんの声。

え? セーファス様って事は例の放浪癖のある神官? 

……神官に見えない。

見た目で判断しちゃいけないと思うけど、全然それらしくない。今まで会ってきた神官の人たちが、みんな落ち着いていて物静かで、いかにも神官って感じの人達だったからなぁ。この人は神官というか……お頭だ。何のお頭? と言われると説明しずらいけど、ゴツイ猛者達をまとめている人、という感じがする。要するにとても強そうなのだ。背も高いし力も強そう。あまりにも意外な感じに私は呆気にとられてしまった。

「あんたがサラか?」

声が低い。茶色の柔らかな色をした瞳なのに眼差しが鋭いから怖く感じる。その視線にびびって

「は、はい! そうです」

ソファから立ち上がって直立不動のポーズをとってしまった。

セーファスさんは「ちょっと、こっちに来い」と言う。

ビクビクしながらも小走りで近寄った。小走りになったのは、歩いていると怒鳴られると勝手に想像してしまったからだ。

セーファスさんはやはり背が高かった。ルースよりも高いかな? 私が小さい方だから、まるで壁のように見える。

「な、何でしょう?」と見上げると「ふーん、まぁまぁかな」と私を見た。

まぁまぁ? 何が? と不思議に思った瞬間、目の前が暗くなった。

「ぐぇ」

と、変な声を出したのは私だ。

「セーファス様!」

「何してんだよ!」

フェイさんとルースの声が聞こえる。

な、何? 暗くて何がなんだか……。というか、頭を抱えられているよ、これ。だから何も見えないんだ。って状況判断している場合じゃない。苦しい。

「す、すみません。ぢょっど……」

苦しいですけど、と言おうとしてもセーファスさんの洋服に向かってモゴモゴ話しかけている状態になってしまって、全然本人に聞こえていない。

「離せよ!」

「セーファス様、おやめください。サラさんが困っています!」

二人の声が重なって聞こえる。

「あぁ? 何言ってんだ。これは挨拶だろーが。アルヴィナを救ってくれる大事な人だぞ。俺なりに丁重にもてなしてるんだよ」

どこがだよ! と心の中でツッコミを入れた。“もてなし”というなら、お茶とかお菓子を出してもらったほうが嬉しいです。こんなプロレスの延長みたいなおもてなしはいりません。

「挨拶は大切だろう? 俺は相手を身体ごと受け止めて、挨拶をするタイプなんだ。フェイ、お前何年俺の傍で働いているんだよ。そのくらい知っているだろうか。今更慌てるような事か?」

「セーファス様。お言葉ですが、そのような挨拶を取られるのは女性限定ですよね。男性に対して同じ事をされたのを、私は見たことがありませんが」

「当たり前だ。野郎を抱きしめても気持ち悪いだけじゃねぇか」

それって、ただの女好きじゃん。

それよりもそろそろ離していただけないでしょうか。本当に苦しい。

「おい、サラが苦しそうだから離せ。大事な客ならそれ相応の扱いをしろ。曲りなりにも神官だろう」

「おぉ、若いものは威勢がいいねぇ。まるでお姫様を守る騎士だな」

「ルースさんのおっしゃる事は本当みたいですが……」

フェイさんが遠慮がちに言うのがかすかに聞こえた。頭がボーっとする。

「あ、力入れすぎたか?」

セーファスさんが腕の力を弱める。抱えられていた頭とセーファスさんとの間に隙間が出来てとりあえず楽になった。

はー、この人、力の加減ってものを知らないのだろうか?

「あの、挨拶はもう十分なので」

と言いながら離れようとした。

「俺はまだ足りないが」

「いえ、もう十分です」

これ以上は結構だ。こんなに苦しい挨拶なんて嫌だ。

「まぁ、仕方ないか。あんたの騎士がすげぇ怖い目で見ているから、今はこのくらいで離してやるよ」

と言って私を解放してくれた。

「どうも」

と言いながら、ルースの近くまで戻る。ルースはセーファスさんを睨みつけたまま視線を外さない。

「そう睨むなよ。大人ならこのくらいの事でいちいち腹を立てるんじゃねぇ」

カラカラと笑うとソファにドサッっと座った。

「本当に申し訳ありません。昔からこうでしたので、私もほとほと困っています」

フェイさんがセーファスさんの代わりに深く頭を下げた。

「あ、いや、気にしないで下さい。大丈夫ですから」

「ホラ、本人がそう言っているんだから気にすんなって」

なんであなたが言うんですか。

 

フェイさんは紅茶を用意してくれた。テーブルの上にカップが三つ並んでいる。

わ、嬉しい。せっかくだからいただこう。

「ここまで来るとはなぁ。俺はさ、お前ら金持ったまま逃げちまうんじゃねぇの? って思ったんだよな。どっか人目のつかない所まで逃げて、ひっそり暮らしたりしてさ。だから、ジェラルドも一般人に護衛を頼むなんて何考えてんだって思ったわけよ。なのにお前らバカ正直に旅しているしな」

なんで逃げなきゃいけないんだろう? そしてバカ正直に旅してるって……。どう考えても褒められている気がしない。ルースを見ると眉間に皺を寄せていた。なんでそんな風に言われなきゃいけないんだ? って顔してる。

「ハヴィスを出発してから、キセ、クラカイ、とほとんど寄り道しないでここまで来てんだろ。でもクラカイからここに来るのは思ったより時間かかったな。何かあったのか?」

「それはルースが……」

「あー! そういう事か。はいはい、俺も野暮な事聞いて悪かったな。そうだな、愛を確かめてたって所か。そうだよなぁ、事情が事情だけに切なくて甘美な旅だもんな」

甘美な旅? 愛? なんでいきなりそんな話に……?

 

「だから、さっき俺がサラに挨拶したら怒ったんだな、えーとお前ルースだっけ? 今だけだから仕方ねぇかもしれないけど、独占欲もほどほどにしておけよ。後が辛くなるぞ」

全くもって話がかみ合っていない。セーファスさんって先走るタイプ?

 

「あいつにそっくりだ」

ルースがボソッと呟いた。

「あいつ?」

「俺の友達」

ふーん、ルースにはセーファスさんみたいな友達がいるのか。ちょっと意外。

「お前らなぁ、最後だからってイチャつくのもいいがあんまりしすぎるなよ」

しすぎるな……って何を? と一瞬聞きそうになってしまったが、なんとなく意味はわかった。

「セーファス様、その頓珍漢な妄想はお止めください。お二人が呆れています」

フェイさんが静かにキッパリと言った。よく分かっていらっしゃる。

「あー? なんだよ。外れてないだろ」

「思いっきり外れてる」

ルースが切り捨てるように言った。

「ったく、つまんねぇな。だったらあのくらいの事で怒るなよなぁ。サラもそう思うだろ?」

……私に聞かれても答えようがないんですけど。

「初対面の女に抱きつく神官なんて見たことねぇよ。あんた、本当に神官なのか? そこの教会で印を押していた人とかフェイさんのほうがよっぽどそれっぽい」

「あのなぁ、だから挨拶だって言ってんだろ。あのくらいのスキンシップ誰だってするだろうが。まぁ、俺は女限定だけど」

「そういう態度が胡散臭いのですよ、セーファス様」

フェイさんがやんわりとした口調ながらもハッキリ言った。そのまま私達に向かって話しかける。

「セーファス様は確かにだらしない所がございますが、本物の神官です。サラさんとルースさんにもご迷惑をおかけするかもしれませんが、私が出来るだけフォローいたしますのでどうぞご了承ください」

「フェイは固いよなぁ。お前のその容姿なら遊び放題じゃねぇか。勿体ね」

この人、どこまでもこういう思考なんだろうか。フェイさんが苦労するのが目に見えるようだ。というか現に困っているし。

「さーてと、んじゃそろそろ行くか。サラ来い」

紅茶をグイッと飲み干してセーファスさんが立ち上がる。

「へ?」

いきなり言われたので一瞬分からなかった。

「水晶の所に行くんだろ? お前らそのためにここに来たんだろうが。どういう結果になろうと、一応やる事はやらないとジェラルドがうるせぇしな」

面倒くさいけど仕方ない、という感じだった。

「セーファス様、私やルースさんが居ないからといって、サラさんに失礼な事をなさらないように。いいですね?」

「サラ、お前も気をつけろよ」

「うん」

と答えたけど正直どうしようもない。血を注いだ後は間違いなく眠ってしまうだろうし、セーファスさんを信用するしかないよねぇ。ああ見えても神官だし道徳の外れたことはしないと思う……けど。

「全員揃って疑うなよ。俺も神官なんだぞ?」

セーファスさんが不満げに言う。

「いつもがいつもですので」

「全然信用できねぇな」

「大丈夫……ですよね?」

私達が口々に言うとセーファスさんは大きくため息をついた。

TOPに戻る