青の追憶 51

建物の外に出て、誰もいない所と思いながらなんとなく裏側に回るとちょっとした空き地が広がっていた。

その少し先は何もない。私達が登ってきたような山道があるようには見えなかった。どうなっているのだろう? と端の方に近づくと崖になっていた。眼下にはヨタハの町が広がっている。柵がなくて危なくないのかなぁ。あ、ここは関係者以外立ち入り禁止だから滅多に人が来ないのか……。

崖の少し手前に私は座った。

真っ青な空からは、いつもと変わらない陽の光が降り注いでいる。ふと視線を落とすと、すぐ近くに白くて小さな花が咲いていた。その花が風に吹かれて小さく揺れる。それと同時に私の髪も微かになびいた。

自分でも意外なくらい冷静だった。

あまりにもショックが強いと感情が麻痺することがあると聞いたことがある。私は、今その状態なのかもしれないな。

生贄……か。なんだろう、ピンとこない。夢の中にいるんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。

私は、いなくなってしまうって事だよね。

そっか……。私がアルヴィナに来た時から、この事は決まっていたのか。

生きて元の世界に帰らなきゃいけないから、働かなきゃいけないんです。だから仕事を紹介してください!って言ったっけ。

生きて、帰る。

元の世界に帰って、働いたり遊んだりして生きていく。そういう日常に戻るために私はアルヴィナで生活してきた。だけど生贄は最初から決まっていた、か。

嘘ならいいのに……。

からかっただけだよ、といつものふざけた様子で言ってくれればいいのに。

そう思いながらも嘘ではない、という事は分かっていた。

セーファスさんがあれだけ大真面目に言っていたのだから嘘とは思えない。

今まで会った神官達だって、よくよく思い出せば何かを隠している様子があった。

私もなんとなく気がついていた。だけど、それを考えるのは怖いから出来るだけ気がつかないようにしていたのかもしれない。

私はどうすればいいんだろう?

今まで迷わず旅を続けてきたけれど、気持ちが揺らいだ。

だって、……死にたくない。

当たり前だ。私は生きて元の世界に戻るために旅をしているのだから。母親にも友達にも会いたいし、仕事だってまだまだしたい。やってみたいなーと思う事、全然出来てない。

それに、なんで私が生贄になんなきゃいけないの? って思う気持ちが少なからずある。

なんで私? 他の人じゃダメなの? どうして? 私じゃなくたっていいじゃない?

じわじわと溢れ出てくる感情が消えることはない。

私だって人間だ。そういう感情くらいいくらでもある。

だけど、アルヴィナを見捨てるの? と思うとどうして良いのか分からない。

良い国なんだよね。争いもなく人々が楽しく平和に暮らしている。

唯一の悩みは最近頻繁に起こる天変地異で、その原因はリヴィエの加護が弱まっているから。

このままでは危ない。だから異世界の人間が必要で、私が呼び出された。

私をこっちに呼ぶのってすごく大変だったのだろう。ジェラルドさんは何も言わなかったけど、もしかしたら何かを犠牲にしているのかもしれない。

それに、ルース達が暮らしている国でもある。

ルース、セイディさん、ウィリー、アレシア、キャロル、カリーナさん達の顔が浮かんだ。

それぞれ毎日を頑張って生活している。身元不明の私に対して、みんな優しくしてくれた。

右も左も分からないこの世界にいきなり来てしまったけど、みんなに出会えた事で私は本当に救われた。こんなにも人との出会いに感謝したことはない。

だから、アルヴィナも救いたい。

生贄なんて嫌。

アルヴィナは救いたい。

この二つの思いが本当に半々でどうしていいのか分からない。

もし、生贄を拒否したとしたら私は元の世界に戻れる? ジェラルドさんはその方法を教えてくれるのだろうか?

もしかして……。生贄のために私を呼んだのならば、元の世界戻る方法など最初からなかった、とか?

もし、生贄になったとして、アルヴィナは本当に救える?

確かに血を注いでいるときは、力を吸い取られる感覚がある。傷ついた人を治す力もあるみたいだ。

だけど、国を救うなんてそんな大きな事、本当に出来るの?

今頃になってそんな事まで思ってしまう。

結局分からない。考えても考えても分からない。

直接ジェラルドさんに聞かないと分からない事だらけだ。

どうしよう?

どうすればいい?

少しずつ空の色が変わっていた。透き通るような水色の空を見上げる。

ルースの瞳の色、アクアマリンの石の色だった。

……ルース。

さっき、飛び出して行ったまま帰ってきていない。

町まで降りちゃったのかな。

ルースと一緒にいろんな町を通ってきた。いつも、私を守ってくれた。そんなルースの事を好きになった。

……ルースは今、何を思っているんだろう?

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