私は膝を抱えながら、いろんな事を考えていた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
気がつくと、太陽は西側に傾き東の空が少しずつ濃紺に染まっていた。
陽が落ちる少し前、薄い紫色の空が目の前に広がっている。
こういう空の色って好きなんだけど、なんだか切ない。泣きたくなる、というのだろうか。なんとも言えない思いがこみ上げてくる。
「サラ」
その声に振り向くと、いつの間にかルースが後ろにいた。
「おかえり」
「……一人にして悪かった。俺は、護衛なのに」
「大丈夫だよ。ここは安全だし。それに私も……、考えたいことあったから」
洋服についた土を軽く払いながら立ち上がる。
ルースがゆっくりと歩いてきて、私の隣で立ち止まる。「……さっきの事だけど」
「うん」
「サラ。まさかあいつらの言う通りになるつもりじゃないだろうな」
ずっとその事を考えていた。私自身の事、みんなの事、アルヴィナの事。
「私は……、生きていたいよ」
「それでいいんだ」
ルースは表情を緩めた。
「セーファスに話を聞いたんだ」
そういえば、まだ話は終わっていないとか何とか言っていたな。その事を聞いたのだろうか。
「他に何か方法はないのか?って聞いたんだ。そしたら教えてくれた」
「他の方法?」
って生贄になる以外の方法?
「あぁ。最後の町で水晶に血を注ぐ作業をする。そうすれば、とりあえずアルヴィナは大丈夫らしい」
「とりあえずって?」
「一時的に天災は治まるらしい。ただ、どれくらい持つのかは分からない」
「そう」
十年?一年?もしかしたらたった一ヶ月かもしれないのか……。
ルースは眼下に広がる町を見ていた。私はその隣で同じように町を見つめる。
「セイディさんとウィリーは元気かな」
「え?」
いきなり話題を変えた私にルースは少し驚いた顔をした。
「私、結局文字を殆ど覚えられなかったでしょ?だから手紙を書く事が出来なくて」
「セイディ達なら……サラの事を心配しながら暮らしてんだろ。で、俺の事は何も気にしてないに違いない」
「そんな事ないよ」
「まぁ、ウィリーなら多少気にかけてっていうか、今頃どこにいるのかな?くらいにしか思ってないんじゃねぇか?セイディはサラの心配が99%で俺の事は1%以下だろ。だいたい昔からセイディは俺に対しての扱いが酷いんだよな。子供の頃から、いろいろ理由をつけてはコキ使われていたような気がする」
「それだけ仲がいいって事でしょ。信頼されてるんだって」
「そうかぁ?」
「そうじゃなきゃ、今回の旅だって行かせてくれなかったんじゃないの?」
「……そう、だな」
そう言うとルースは黙ってしまった。
やっぱり分かっているんだ。セイディさんはルースの事を信頼しているし心配もしてるって。確かにルースに対して強気な所があるけれど、セイディさんなりの愛情表現に決まっている。姉が弟を可愛がってるって感じが最初からしていたもの。
口では悪態をついていても、セイディさん達の話をするとき、ルースはとっても良い表情をする。
いつまでも見つめていたい顔だ。こういう表情も好きなんだよなぁ。
「セイディさん達に会いたいな」
「会えるだろ」
「え?」
「自分が言った事、もう忘れたのかよ。お前、さっき“生きていたい”って言ったじゃないか」
「あ……」
「それって生贄にはなる気はないって事だろ。だったらもうすぐセイディとウィリーに会える」
「そっか。でもさ、ハヴィスに帰っていいのかな。ジェラルドさんに怒られない?っていうかその前に教会の神官が許してくれると思う?」
「俺が話してやるよ。サラは生きてハヴィスに戻るからな、って」
ルースは何の迷いもなくそう言った。
あぁ、ルースって本当に優しいなぁ。
普通、普通はさ、私一人でアルヴィナが助かるのなら、犠牲になっても仕方ないって思わない?だって自分がずっと暮らしてきた世界だよ。大切に決まってるじゃない。たった一人の命で世界が助かるのかもしれない、その上他人なら尚更そう思うはずだ。
なのに、ルースはそう言わない。
生きてハヴィスに戻るからな、って言ってくれる。
本当に、本当に……。
「私、ルースが好き」
気がついたら言葉に出して言っていた。
町を見ていた視線を動かしてルースを見上げる。
そして、もう一度言った。
「好きだよ」
ルースはえ?という表情をしたまま、私を見ている。ついでに言うと硬直している。風に吹かれて茶色の髪の毛だけが揺れていた。
まぁ、いきなり言われたら驚くよね。しかもこんなにシリアスな話をしている時にさ。
いつもは見られないその表情に、私は少し笑ってしまった。
「戻ろうか」
「……え?あ?どこに?」
ルースがしどろもどろになって答える。そんなに慌てなくてもいいのに。
「セーファスさんの所。さっきの話、私も聞いておきたいし」
私は教会に向かって歩き始めようとした。
「サラ!」
ルースは髪の毛をガシガシと触りながら、視線をあちこちに飛ばしている。
「何?」
私がそう返事をすると、意を決したように視線を合わせてきた。
「さっき、お前が言ったのは本当か?」
私は頷く。
「どうして……」
「それは、」
理由を答えようとした。
「なんで先に言うんだよ!お前が!!」
「え?」
「先に言うんじゃねーよ。俺の立場ないだろうが。これから言うぞーって時に、お前はアッサリ言いやがって。拍子抜けして固まったじゃねーか。どうしてくれんだよ。カッコ悪ぃ」
「どうしてくれんだよって言われても」
私は気がついたら言っちゃったって感じだから。
「サラ、俺は……」
「無理に答えなくてもいいよ?私、気にしないから」
「気にしろよ!」
「あ、ごめん」
なんかいつものルースと違くない?
「俺は決めたんだ。サラと一緒にハヴィスに戻るって。だから、その……」
そう言ってルースは一瞬、空を仰いだ。
空を見ていた視線を落とし真っ直ぐ私を見る。アクアマリンの色をした瞳がかすかに揺らいだ。
「俺と一緒に生きてくれ」
しっかりとした声だった。
「俺達は……、サラは出来ることを精一杯やったんだ。だからこれから誰が何と言おうと関係ない。最後の水晶に血を注いだら、ハヴィスに戻ってまた一緒に暮らそう。セイディとウィリーも喜ぶ。そして……その時が来るまで俺と一緒に居てくれ」
言葉が出なかった。
嬉しい。すごく嬉しい。
私は少し俯きながらルースに一歩近づいた。
ルースは少しとまどいながらも包み込むようにそっと抱きしめてくれた。
……温かい。ホッとする温もりだった。
ルースは黙ったまま私の髪を撫でている。
私はその腕の中、ルースのシャツに顔をうずめた。
涙が静かに零れた。