青の追憶 55

私はさっきから気になっている事があった。

アクアに乗りながら周りの景色を見ていたのだけれど、所々に白い煙が見える。何かが燃えている様子ではないから、たぶん湯気。湯気ってことは自然のお湯が湧いているという事だよね。という事は……。

「ねぇ、ルース。もしかしてあれって温泉?」

少し前にいるルースに話しかけた。

「オンセン? なんだそれ」

そっか、こっちは温泉って言わないのか。

「えーと……、あの白いのって湯気だよね? お湯が湧き出てるの?」

少し遠くにある白い煙らしきものを指差しながら尋ねる。

「あぁ、あれか。ここらへんは泉が多いんだ。で、いくつか温かい湯が湧き出ている所がある」

って事はやっぱり温泉じゃん!

温泉と呼ぶにはきっといろいろ定義があるんだろうけどさ、自然に湧いている湯は私にとっては全部温泉だ。是非、近くて見てみたい。どうしよう、すごく気になってきた。ちょっとくらい寄り道しても大丈夫だよね。確か、今日泊まる予定の町まではあと少しの距離だし、まだ日も高い。私一人くらい遅れていっても大丈夫なんじゃない?

「ルース。悪いけど、今日泊まる町まで先に行っててくれる?」

「何だって?」

何言ってるんだ? という顔言われた。

「いや、その。ちょっとその泉が見たいなーと思って。ここから町まで遠くないし、まだまだ明るいし、私一人でも大丈夫でしょ? だから、ルースは先に行って休んでて……」

「おい。それじゃあ俺が居る意味ないだろうが」

「え? だってこの辺りは特に問題ないでしょ?」

「何度言えば分かるんだよ。万が一って事があるだろ。……いや、もういい。で? どの泉を見たいんだ? 一番近くのアレでいいか?」

半分諦め顔だ。

「我が侭言ってごめん」

「謝るほどのことじゃねーよ。今日は予定より早めに進んでいるしな」

そう言ってレイモンドの手綱を動かし進行方向を変える。私もそれに習い、一番近くのお湯が湧き出ている泉の方へと向かった。

「何コレすごいっ! めちゃくちゃキレイ!」

と、思わずテンションが上がってしまった。

まさかここまで美しいとは思わなかった。温泉(勝手に決め付けた)だから、ちょっと濁っているかなぁ、と思っていたのだけれど予想外の透明度に驚いた。泉の底にある砂や石がハッキリ見える。身を乗り出して覗き込むと「落ちるなよ」とルースが言った。

「これ、温度はどれくらいかな?」

「さぁな。そんなに高くないとは思うけど」

ルースもそこまでは分からないらしい。

なんとなくだけど、すごく熱そうではない。湯気は出ているものの、いかにも沸騰していますというようなボコボコとした気泡が出ていないからだ。まぁ見ただけじゃどれだけ熱いか分からない。少し迷ったけど、触れてみることにした。

さっと指先をつけて、素早く引っ込める。あ、あんまり熱くないみたい。これならイケるな。

「何やってんだよ! 熱かったらどうするんだ? !」

いきなり注意された。

「いや、だからすぐに手引っ込めたじゃない。でも、そんなに熱くないみたい」

今度は泉の中にゆっくりと手を沈めた。うん、大丈夫。

「おい!」

ルースが私の手を引っ張りあげる。

「え? 何? 何かいるの?」

泉の中に生き物がいるようには全然見えないけど。

「そうじゃなくて。いきなり手を突っ込むのはやめろ。さっきは一瞬しか触ってないから分からなくても、もしかしたら結構熱かったりするかもしれないだろ」

「あ、そうか。ごめん、不注意だった」

「それになぁ、そんなに気になるなら俺に言えばいいだろ。どのくらい熱いか触ってみてって」

「えぇ? それくらいは自分で確かめるよ。子供じゃないんだし」

ルースは小さく息を吐く。

「……疲れた?」

「そうじゃねぇよ」

「そう? あ、このお湯そんなに熱くないよ。キレイだし、危険な生物もいないみたい」

「そうだな」

ルースは自分の手を泉の中にいれて、確かめながら言った。

「だから、少し入っ」

「ダメだ」

まだ全部言ってないのに……。

「まさかとは思うけど泉に入りたいとか言うんじゃないだろうな?」

呆れているのと睨んでいるのが半々ぐらいの絶妙な表情だ。

「よく分かるね」

「お前、水辺がやけに好きだしな」

その通り。だってこれ露天風呂みたいなものだよ? 入ったら絶対気持ちいいはず。でも、さすがにヤバイか。ここは見通しが良すぎて周りに何もないから着替える所がない。……こんなに気持ち良さそうなのにもったいない。恨めしげに泉を見つめた。

「あっ! 足湯しようよ!」

そうだ。足湯なら服を脱がなくていいじゃん。

「アシユ?」

私は靴を脱ぎながら説明する。

「足だけをお湯につけるんだよ。それだけでもかなり気持ちいいよ。……っと」

着ていたズボンの裾を一気に膝上まで捲り上げた。よし、バッチリ。

泉の淵に腰掛けて足を浸すと、思わずため息がもれる。つま先からじんわりと温かくなってきた。

「気持ちいい〜。温泉最高」

ふと、ルースを見ると驚いたように私を見下ろしていた。

「何してんの? 早く靴脱ぎなよ。気持ちいいよ」

「……サラの国はそんなに堂々と見せるものなのか?」

「え? 何を」

意味が分からない。

「だから……、足」

「足? 別にこのくらい普通でしょ? 見せるってほと見せてないじゃない」

「いや……、アルヴィナでは膝上まで足を見せる女は子供以外いない」

少し気まずそうに目を逸らされた。

「え?! いない? いなかったっけ?」

そうかなぁ。自分がズボンの事が多かったのであまり気にしなかった。今まで出合った人達の格好を思い出す。結構ズボンの人多いな。でも、スカートの人も普通にいたはず。えっと丈は……、確かに膝下で長めの人が多いかも。ミニスカートの人を思い出そうとしたけど、ほとんど浮かばなかった。人の洋服なんて気にしていなかったんだけど、言われてみれば膝上のスカートを着ていた人っていない。

「サラの国って変わった習慣が多いな」

ルースも足を泉につけながら言う。

「足湯は確かにあんまりない習慣だったかもしれないけど……」

「けど、なんだよ?」

「いや、アルヴィナって膝上まで足を見せないって言ったでしょ? だから、もしルースが水着を見たらビックリするかなぁ、と思って」

「ミズギって水に入る時に着る服のことだよな? 普通の服よりちょっとだけ動きやすいだけだろ?」

「アルヴィナでは川とか湖に入って泳ぐときどういう服を着るの?」

「男は短めのズボンだな。女は水に入って泳ぐ事自体が少ないからあまり見たことがないな。子供なら簡素なシャツとズボンだ」

「へぇ、そうなんだ。男性は私が知っているのと一緒かな。でも、私の国では女の人も泳ぐから水に入る時専用の服があるんだよ。あまり肌を見せないタイプのもあるけど、ほぼ下着みたいな服もあるよ」

「え……」

やっぱり驚いてる。ちょっと目を丸くしているのが面白い。

「ビキニっていうのがあるんだけどね、この辺とこの辺りしか布で覆わなくて露出がすごいんだよ。足なんか太ももまで見せちゃうし、背中もお腹も丸見えなんだよね〜」

面白おかしくジェスチャーを加えながら説明する。

「ホントかよ」

「ホント、ホント。女の子は夏に向けてダイエット……は分かんないか。えっと、身体を鍛えてラインをキレイに見せようと努力するんだよ。大変でしょ?」

「サラも……そういうのを着るのか?」

「ビキニ? うん、着たよ。最近は海とかプールとか行ってないからほとんど着てないけど」

「お前がか?」

ルースは私を頭の上から足のつま先まで見た。

「何? その表情」

「え、いや……」

慌てて視線を逸らしている。

どうせ、胸とか小さいから似合わないとか思ってんだろうな。

「確かに胸のある人の方がビキニは似合うけどさ、あからさまにそんな顔しなくてもいいじゃない。ちょっと傷つくなぁ」

「違う! というかそんな顔ってどんな顔だよ!?」

「胸が小さい私には水着が似合わないなって顔」

「そんな顔してねぇよ!!」

思いっきり反論してきた。

「えー、そうかなぁ。思いっきり眉寄せてたし、そんな水着を着るなんてみっともねーって思っているように見えたけど」

「それは! 似合わないとかそういう意味じゃない!」

「じゃあどういう意味?」

「あまり肌を……」

と、ここでルースは口をつぐんだ。

「肌を何? 焼くなって?」

「……それもちょっとあるけど」

「日焼け止めはちゃんと塗ってたよ」

「そうじゃねぇよ。ただ、その、あまり……」

「何? ハッキリ言えばいいのに」

「もういい!! どうせサラには分かんねーよ。習慣が違うからな」

「確かに違うね。ビキニ驚いたでしょ?」

ふふ、と笑いながらルースに尋ねる。

「まったく、サラの居た所はそんな服があるなんてすげぇな。でも、キーファやセーファスは大喜びしそうだ」

「ルースは嬉しくないの?」

「は?」

ギョッと目を丸くしながら聞き返してきた。

「そういう露出の多い服を着ている女性を見たら、おぉ〜って目が釘付けにならない?」

「お前、女なのにどうしてそういう発想するんだよ……」

「一般論だって。ルースだってスタイルの良い女の人を見たら目で追っちゃうでしょ?」

「そんなのねーよ。キーファじゃあるまいし」

「……。」

「なんだよ、その顔」

「え? 嘘っぽいなぁと思って」

「おい! どーいう事だよ、それ!! 女を見る度に目で追いかけるような男がいいのか?」

「……そんな事はないです。ちょっとからかいすぎっちゃった。ゴメン。そうだよね、ルースの良い所はそういう真面目な所だった。そういうトコも好きだし」

ゴメンゴメンと謝りながら、そのまま寝そべるようにパタンと身体を後ろに倒した。

足は温かい湯の中。目の前に広がる水色の空。深呼吸をすると草の香りがふわっと身体の中に入ってくる。どこからか鳥の声も聞こえてきて最高に気持ちがいい。

目を閉じてぼんやりとこの時間がずっと続けばいいのになぁって思う。でも、そういう訳にはいかない事も分かっている。

ヨタハの町を出発してからも、ずっと一つの事を考えていた。

ずっと考えているとグルグル思考が回っているだけで、何がなんだか分からなくなってしまう時がある。そんな時は出来るだけシンプルに考えるようにしている。

私にとって大切なものはなんだろう? 私にとって譲れないものはなんだろう? って。

閉じていた目を開けてルースを見る。

あれ? 足湯でのぼせたのかな? ちょっと顔が赤い。のぼせるほど熱くはないと思うけど長く浸かりすぎたかも。

「そろそろ上がろうか。どう? 初めての足湯は? 疲れ取れたでしょ?」

足を温泉から出しながら感想を聞いてみる。

「あ、あぁ。思ったより足が楽になるな。これは仕事の休憩の時に使えそうだ」

「でしょ? ハヴィスに戻ったら同僚の人に教えてあげてよ。ルース達の仕事って身体が資本だしさ、こうやってこまめに疲れを取るといいと思うよ」

「あぁ、そうだな。長距離を歩く事もあるしな。……ただ、男達が固まって泉に足を突っ込んでるのは傍から見たら異様な光景だな」

私は視線をちょっと逸らしながら苦笑した。それはちょっとあるかもしれない。足湯を知らない人が見たら、確かに変な光景だ。

「ま、少しずつ広めていってよ。知人から教えてもらった良い健康法があるんだ、とかなんとか言ってさ」

体格の良い男の人達が仲良く足湯、という姿を想像するだけでちょっと笑える。面白くてクスクスと笑っていると、ルースが小さく何かを呟いた。

「え? 何?」

「……なんでもない」

ルースの顔はまだ少しだけ赤かった。

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