青の追憶 6

「セイディさん、紹介してくれるお仕事ってどんな内容でしょう?」

私は改めて聞いてみた。まずは、生活しなければいけない。つまり仕事が大切だ。

「私の知り合いにね、宿を経営している人がいるの。仕事でこの街に来た人とか、旅行者が泊まる宿なんだけど。そこのお手伝いよ。部屋の掃除とか、食事のお手伝いとか。あとは細々とした雑用かしら。どう? できそう?」

「はい、できます」

掃除は好きなほうだ。食事のお手伝いといっても料理を作るほうではなく、たぶん片付けのほうだろう。 なんにしろ、仕事を紹介してもらえるだけでもありがたい。私に出来そうな仕事なら何でもやるつもりだった。

「なら良かったわ。人が足りないと困っていたから、きっと雇ってくれると思う。午後に早速行ってみましょう」

セイディさんは笑顔で言ってくれた。本当にいい人だなぁ。

「あの、お願いばかりで申し訳ないのですが、そのお仕事って住み込みでも大丈夫でしょうか?」

「住み込み? たぶん大丈夫だと思うけど何で?」

セイディさんはなぜ? という表情だ。

「何でと言われましても……。やはり寝る場所は欲しいので。あのっ、誰かと共同部屋とかでも全然構いませんし」

「そういう意味じゃないのよ。仕事にはこの家から行けばいいじゃない」

「え!? これ以上は迷惑かけられません」

「1日中何もしないで家に居られたら、まぁちょっと困るかもしれなけど、サラは働くんでしょ? だったら全然迷惑じゃないわよ〜。家には部屋も余っているしね」

「あのー、でもルースさんは面倒ごとは嫌いみたいですし」

「あんなバカ男の事は無視していいの。ルースは居候みたいなものだし」

「そ、そうですか」

「この家には私とウィリーとルースの三人しかいないの。仕事でルースがいない時は二人だけだわ。サラが居てくれたら、家族が増えたってウィリーも喜ぶだろうし」

私はそこで気がついた。

セイディさんの夫はどうしたのだろう? ついさっきまでルースさんがセイディさんの夫だと思っていたから気がつかなかった。

「私の夫はウィリーが小さいときに病気で亡くなったのよ」

私の考えを読み取ったかのように、セイディさんが答えた。

「ご、ごめんなさい」

「やだ、謝ることじゃないわよ。ルースを父親だと思っていたんでしょう? 知らなくて当然だわ。とにかく、サラが嫌じゃなければこの家に住んでいいのよ。生活するのっていろいろと準備がいるでしょう? 私のお下がりでよければ服もあるし。あなたの着ていた服はちょっと目立つからここでは着ないほうがいいと思う。 ね? だからここに住みなさいよ」

そう言って、私の手をギュッと握った。

涙が出そうだった。

知らない街でこんなに優しい人に出会えるなんて私はなんてラッキーなんだろう。私はグスッと鼻をならし

「お世話になります」

と頭を下げた。

♣ ♣ ♣

午後は宿屋へと向かった。

昨日とは違い、大通りを普通に歩いている。

「カリーナに紹介するわね」

「カリーナさん?」

「夫婦で宿を経営していてね、奥さんがカリーナ。旦那さんがモーリスよ。大きい所ではないんだけど、夫婦の人柄が良いせいか結構人気あるのよ」

「そうなんですか」

「カリーナ達は、たぶんあれこれ詮索するような事は聞いてこないと思うの。そういう細かい事は気にしない人達だから」

セイディさんは笑いながら言った。

私にとってもそれはありがたい。

「でも、もし誰かから質問された時のために、一応最低限の事は考えておいたほうがいいと思うわ」

「最低限の事?」

「そう、まずは名前ね。これはそのままサラ。住んでいるところは私達の家。で、一番大切なのがどうしてこの街にいるかって事。世間話になると、たいていどうしてこの街に来たの? って事になるわ」

「そうですね」

私は頷いた。

「サラの場合、気がついたらこの国にいました。ではどう考えても怪しいわ。だから、ここは嘘をついた方がいいと思うの」

「国境沿いの小さな村からきました。って言えばいいでしょうか?」

「うーん、そうするとその村についてさらに質問されて返答に困るかもしれないからそれは止めて、ここはルースのせいにしちゃいましょう」

「ルースさんの?」

イマイチ意味がわからない。

「ルースはこの間、仕事から帰ってきたって言っていたでしょう? その仕事でちょっと遠くに行っていたのよ。あんまりこの街の人たちに知られていない地域。それでね、どうやらその辺りには災害とかで家をなくした人達が結構いたらしいのね。……最近、地震とか水害とか多くて各地でいろいろな被害が出ているらしいの。幸いこの辺りは今の所大きな被害は出ていないんだけど……」

セイディさんは少し暗い表情になった。無理もない。自分が住んでいる国が災害に見舞われるのは誰だって嫌だ。

「ちょっと話がそれたわね。話を元に戻すけど、サラは災害で家族や家をなくした難民って事にしましょう」

「難民」

「そう、難民。家族も家もない、頼る親戚も居ない。天涯孤独の身になってしまった。ちょっと大げさかもしれないけど、ない話ではないわ。で、ここからルースの出番」

私はセイディさんのいう事をじっと聞いていた。

「ルースとサラはたまたま出会う。それでサラの話を聞いたルースは、サラを連れて帰る事にした」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

私は慌ててセイディさんの話をさえぎった。

「私、もう大人ですよ? 子供じゃあるまいし、いくら頼る親戚がいないからっていきなり連れて帰るっていうのはおかしくないですか?」

「だからサラ。もし年齢を聞かれたら18って言うのよ」

「18? それはいくらなんでもバレますよ」

「大丈夫、サラは他の人より小柄だし、十分そう見えるわ」

本当だろうか? 

「で、でもたとえ18としても、たまたま出合ったルースさんが私を連れて帰るっていうのは、無理があるのでは?」

「だから、ルースがサラに惚れた事にしましょう」

「え?」

「ルースは仕事先で出合ったサラに惚れた。そして、一緒にこの街で暮らそうと提案する。しかも強引に誘ってくる。身寄りがなく困っていたサラはルースに言われるがままこの街に来た、という訳。どう? なかなか良い案だと思わない?」

セイディさんは満足気に言った。

私は唖然としてしまった。

「そんな不安にならなくても大丈夫よ。もし、誰かに聞かれたとしても、今言ったとおりに話す必要なんてないわ。サラはただ“ルースさんについてきただけです”とだけ言えばいいのよ。私がカリーナ達に上手く言っておくから。そのうち誰もそんな事気にしなくなるわよ」

「本当にいいのでしょうか? ルースさんに断りもなくこんな事言っちゃって」

「いいのよ、半分くらい本当の事なんだし」

セイディさんは何も問題ないわよ、とあっさり言う。

「さ、宿が見えてきたわ。ほら、あの看板に書いてあるでしょう? 読める?」

「ごめんなさい、セイディさん。私、一つ大切な事を言っていませんでした」

「何?」

「私、話せるけど字の読み書きが出来ません」

セイディさんが指差す看板になんと書いてあるのか全く分からない。

「あら、そうなの? うーん、でも字を書いたり読んだりする仕事はほとんどないと思うわ。一応、文字を覚えたほうがいいとは思うけど」

「時間がある時でいいので、教えていただけませんか?」

「えぇ、もちろん」

「ありがとうございます」

「さ、じゃあカリーナたちに紹介するわね。サラ、あなたはよろしくお願いします! って元気よくしていればいいから」

セイディさんは本当に頼もしい女性だ。

♣ ♣ ♣

そんな訳でカリーナ夫婦の宿で働くことになった。本当にあっけないくらい簡単に決まってしまったので驚いている。

カリーナさんは「じゃあ、来週からお願いね」と言って、仕事の説明を簡単にしてくれた。

朝は宿泊客の朝食の用意。昼は客室や宿の共用部分(トイレやバスルーム、廊下や食堂)などの掃除。夜は夕食の準備や片付け。だいたい毎日こんな感じらしい。

文字を読み書きする仕事はほとんどないので一安心だ。でも、あまり油断していられない。買い物をメモで頼まれたときのために、早く文字を読めるようにしないと。

「それにしてもすぐ決まって良かったわね、サラ。とりあえず生活は出来るじゃない」

セイディさんが私に話しかける。

「セイディさんのおかげです。本当にありがとうございます」

私は心の底からお礼を言った。

「なんて説明したんだ?」

ルースさんが突然話し始めた。

「え?」

「だから、カリーナ達にあんたの事、なんて話したんだ?」

ルースさんの青い瞳が私をジッと見る。う……、と私が返答に困っていると、

「サラは災害で家族をなくした難民って事にしたわ」

とセイディさんが助けてくれた。

「ふーん、なるほどね。カリーナ達はあんまり細かい事を気にしなさそうだしな」

ルースさんは納得してくれたようだ。

カリーナさん達と会ったとき、私の過去の話は一切でなかった。だけど、帰る時に話を少ししたらしい。私は玄関付近で待たされたため、直接セイディさんがカリーナさん達に説明した所を聞いていないけど。 だから、“私が難民”という事は話したと思うけど、“ルースがサラに惚れている事にしましょう”という部分を話したかどうかはわからない。かといって、この事をこの場で確認する勇気はない。というか、もしバレたらルースさんが怒るのが目に見えているので言えない。

「さ、今日はサラが家族になったお祝いよ〜。あ、そうそう二人ともサラに街をいろいろ案内してあげなさい。あと、時間がある時は文字も教えてあげる事。これから一緒に住むんだから、仲良くするように!」

と、セイディさんは一気に言った。

「わーい! サラ、ここに住むの? やったー」

「俺はそんな事聞いてねーぞ!」

ウィリーとルースさんが歓喜と悲鳴(?)をあげる。

「当たり前じゃない。今、言ったんだから」

「だから、なんでそういう事を勝手に決めるんだよ?」

ルースさんはちょっと怒っているようだ。いきなり現れた怪しい女と一緒に住めって言われたら誰でも反対するだろう。ちょっと傷つくけれど、仕方ないかなと思う。

「勝手に決めて何が悪いの? か弱い女性を見知らぬ町に放り出せってルースは言うの? あんた酷い男ね。見損なったわ」

セイディさんは軽蔑した視線をルースさんに向けながら言った。……容赦ないな。

「ルース、サラがいたほうが楽しいよ! 違う町のお話を聞けるかもしれないし。それにルースは騎士なんでしょう? 女の人はお姫様なんだから守らなきゃダメだよ」

ウィリーが嬉しそうに言う。

「騎士?」

私は驚いてルースさんを見た。

ルースさんは困ったように視線を泳がせながら言った。

「あー、違う。俺は騎士じゃないから。ウィリーに護衛の仕事を説明するときについ“お姫様を守る騎士みたいなもの”と言ってしまったんだ。近くにそういう童話の本があったから」

「それを聞いてからウィリーの中では、“ルースのお仕事はお姫様を守る騎士”という事になっているのよ。こんなにガラの悪い騎士なんていないのにねぇ」

セイディさんはクスクスと笑う。

私は想像してしまった。鎧みたいのを着て、剣を高く掲げている、騎士姿のルースさんを。

「ぶっ」

「おい、笑うな。だから騎士じゃないって言っているだろうが」

ルースさんの冷たい視線を受けて、慌てて自分の口を押さえた。

「す、すみません」

「いいのよ、サラ。だっておかしいものね? ルースが騎士だなんて想像するだけで笑えるわ〜。でも、騎士みたいな優雅さは欲しい所よね。ガサツすぎるし」

「セイディはどうしてそう一言多いんだ」

ルースさんははぁとため息をつきながら言った。

結局、私が家に住むという話はセイディさんの「別に問題ないでしょ?」の一言で、ルースさんはしぶしぶながら(私にはそう見えた)従うことになった。

すみません、できるだけ迷惑かけないようにするので。

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