青の追憶 60

目が覚めてから数日は宿で大人しくしていた。気分転換に歩くとしても、宿の回りを少し散歩する程度に収めて、出来るだけ体力の回復を図るようにする。

そして体調も良くなってきてからルースにお願いをすることにした。

「街を見たい?」

若干、眉をひそめながら聞かれた。

「うん。この街、水路があるでしょ。あっちの世界でも街中に水路があってすごく綺麗な所があるんだよね。それを思い出しちゃって」

「サラの故郷なのか?」

「ううん、全然違う。テレビ……じゃなくて、本で見ただけ」

アルヴィナにテレビはないから本って事にした。

「ふーん、そうなのか。確かに水路のある街は珍しからな。……で、体はもう辛くないのか?」

「最近大人しくしていたからもう大丈夫」

「それならいいけど。ま、後はハヴィスに帰るだけだし、少しくらいゆっくりしても何も問題はないな。じゃあ、明日行くか?」

「うん、ヨロシク」

そう約束をしてから眠りについた。

宿の周りを少し散歩しているとき、すぐ近くに舟着き場がある事を知った。

荷物運搬用の舟着き場にはシンプルな舟が並び、観光客向けの舟着き場にはちょっとお洒落な舟が並んでいる。もちろん私が目指したのは観光客用の舟着き場だ。まだ午前中だったけど、何名か並んでいたので、私達もその列に並ぶ。

乗り込む時にお金を払い、舟に乗ったあとに船頭さんに行き先を告げる。行き先が決まっていなければ、船頭さんおすすめコースを周ってくれるらしい。

「今日も良い天気だね、行ってらっしゃい! 」

「子供が落ちないようにしっかりと抱いてやってな」

「ウチの船頭は漕ぐのが上手いから安心して乗ってくれ! 」

など、一組ずつ声をかけながら案内している。私達には

「兄ちゃん、姉ちゃん、朝からデートかい? 若い者は朝からお熱いねぇ」

と、やけに明るい笑顔で言われた。

そこまであっけらかんに言われると、「そうなんですよ〜」と笑い飛ばすしかない。

ルースは少し憮然した表情に見えなくもないが、たぶん恥ずかしいのだろう。結構純情なのかもしれないな、と心の中で少し思った。

小さな小舟に乗り込むと、船頭さんがニコニコ笑いながら話しかけてくる。

「どこまで乗るかい?」

「えーと、船頭さんのおすすめの場所をぐるっとまわっていただけますか? 私達、この街初めてであまりよく知らないんです」

「了解! じゃあ、もしどこか気になる所があったら教えてくれ。一番近くの舟着き場で降ろすから」

「はい、お願いします」

そうお願いをすると、船頭さんはゆっくりとオールを漕ぎ出した。

「ここから一番近くて有名な場所は教会なんだが、あんた達もう教会は行ったかい?」

器用にオールを動かして舵をとりながらおじさんが言う。

「はい、教会だけは行きました」

そこが一番の目的地だしね。

「そうかい。なら教会の方面は案内しなくてもいいな。じゃあ、まずは若い兄ちゃんが好きそうな所に行くか」

「どこなんですか?」

ルースが尋ねる。

「まぁ、着いたら分かるよ。歴史ある場所だ」

街並みを眺めながら船頭さんの話を聞く。「ここは、あの有名な音楽家アドニスが生まれた家だ」とか「この橋はオシュイで2番目に古い橋と言われている」など、オシュイは古くからある街なので、歴史的に有名な人物や建物が多いらしい。なるほど、と思 いながら見ていると最初の目的地近くに到着。

「オレが好きそうな場所ってここですか?」

ルースがなんでココが? という表情をしている。これといって特に変わったものが見えないからだ。

「おう、そうだよ。ほら、ちょっと見えにくいけど、あっちに丸い屋根がみえるか? あれは闘技場なんだ」

確かに男の人は好きそう。

「ま、今はただの建物で決闘は行われていないんだけどな」

なーんだ。ちょっと見てみたかったのに。ルースも少し残念そうだ。

「あと……」

そういって船頭さんはニヤリと笑う。

「ここら辺りの建物はショウカンが多い」

私は少しの間意味が分からなくてショウカン? 商館? 召喚? と思っていた。そんな私の表情見て

「姉ちゃん、ショウカンって女が「おにいさん、あたし達の相手して」って言う所のほうだ。つまり娼館」

あ! あー、その娼館ね。やっと意味が分かった。

「女は一瞬訳が分からないって顔をするんだよなぁ。で、男はすぐに意味が分かる。だろ? 兄ちゃん」

おじさんはルースに話を振った。

「そ! そんなことは……」

と、ルースは視線を泳がせた。って思いっきり分かってるじゃない。ルースはいつも硬派な事ばかりいうけど、やっぱり男の人なんだなぁ。へぇぇ〜とジロジロ見ていたら

「……なんだよ。言っておくけと行ったことがあるから分かるんじゃないからな。立地とか建物の雰囲気とか作りとかでなんとなくだ」

と、ルースに凄まれた。

「いやいや、それでもすぐ分かるなんてさすがだねぇ。若いお兄さんが好きそうな所って確かにそうだもんねー。やっぱり興味あるんだ?」

「ない」

「無理しなくていいよ? なんならここで降りる?」

「ふざけるな! 降りねぇよ。だいたい娼館は法律で禁止されているから営業してねぇよ」

「え? そうなんですか?」

私は船頭さんに尋ねる。

「兄ちゃんの言うとおりだな。今は当時の名残として建物が残っているだけだ。商売はやっていない。いやー、からかって悪かったな。俺はカップルを乗せたらここを通ってわざと説明して、その反応を見るのが趣味なんだ」

なかなか遊び心の多い船頭さんだ。これで怒っちゃうカップルとかいないのか逆に心配だけど。

「行けなくて残念だったね。それにしても営業していないって知っていても、すぐにあの建物が娼館ってわかる所がすごいね。さすがルース。洞察力が鋭い!!」

と、わざとらしく乗ってみる。

「お前、わざと言ってんだろ」

「そんな事ないよ?」

「じゃあ、兄ちゃんこっそり営業しているイイ所に行くか? 俺が内緒で連れて行ってやるよ。心の広い姉ちゃんみたいだから、1回や2回くらいなら許してくれるんじゃないのか?」

と、船頭さんがいきなり爆弾を落としてきた。

「えぇ!!?」

私はつい大声を出す。ルースを見ると少しうつむいたあと

「そうですね。コイツも行ってきていいよって言ってくれるし、これも人生経験と思えば」

と、真顔で言う。

「じゃあ行くか! あまり大きな声で言えないが……」

船頭さんはニヤニヤ笑いながら、ルースの耳元で何かを言う。そしてそれにうなずくルース。

「え? え? 本当……に?」

そういう商売があるのも知っている。行く人がいるって事も分かっている。しかも自分で行ってみたら? と、からかっておきながら、実際に目の前でそういう話をされると、ものすごく動揺している。 冗談とはいえ、行ってもいいよなんて言っちゃった手前、今すぐ行かないで! というのもちょっと大人げないし。いや、こういうのは大人げないとかそういう問題じゃないんだけど。私の本当の気持ちは、やっぱり行って欲しくない……。だったら冗談でも行 けば? なんて言わなきゃよかった。でも、ルースが本当は行きたいのだとしたら、止める権利ない……んだよねぇ。どうしよう? 行かないで!って言おうかな。いやいや、それとも私が知らないうちに行くのならばアリか? 浮気(に入るかどうか微妙 だけど)するならバレないようにしろ、というのは私の持論でもある。本当は嫌だけど。あー、もうなんだかわかんなくなってきた。

どうしよう? と頭を抱え込んだらポンと頭に何かの感触を感じた。え? と顔を上げると

「冗談に決まってるだろ。サラがあまりにも行けば? なんていうから、ちょっと俺も悪ノリしてみた。なかなかの演技だろ? サラの表情がものすごい勢いで変わったのは見ものだったな」

ニヤリと笑うルースの顔。

騙された! と思ったが、元はといえば私がからかうのが悪い。悔しいのと恥ずかしいので、真っ赤になった顔でルースを見るしかなかった。

昼ごろまでは船頭さんの案内でいろいろな所を回った。

街の広場近くの舟着き場で降ろしてもらい、お店を見てまわる。途中で食事をしたり、自分たちが飲む用にジュースを買ったり、セイディさんとウィリーにお土産を買ったりした。セイディさんにはお洒落な髪留め、ウィリーには子供用の水遊びセットだ。ウ ィリーは川遊びが好きなので、バケツがあったら何かと使えるし、なにより折り畳みの釣りセットがくっついていた。子供用の遊び道具だから本当に魚が釣れるかどうかはわからないけど、面白そうだしいいかな。

私達はオシュイの街を歩き、他愛のない話をして笑いあう。

そんな風に1日を楽しんだ。

夕方になると、また舟に乗って宿の近くまで移動することにした。

「ほら、お客さん見てごらん。ここから見る夕日は最高だよ」

船頭さんの声に促され私達は目の前の景色を見る。

まっすぐ伸びた水路。昼間は白く輝き、今はオレンジ色に染まる教会や街並み。遠くの山に沈む夕日。神々しいほどのオレンジ色の光が水面にキラキラと反射してとても美しかった。

いつまでもいつまでも見ていたい景色だった。

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