青の追憶 65

長い長い夢を見ていたような気がする。

知らない街で大切な人達に出会い、そして好きな人が出来た。

みんなは、あの街は、そしてあの人はどうなっているのだろう?

ぼんやりとした視界の中で見えたのは白い天井と蛍光灯、そしてカーテンだった。

頭も身体も目覚めていなくて、酷く気だるい。

私……、ここ……、何していたんだっけ……?

すると、カーテンの端から誰かが入ってきた。その人は私を見るなり駆け寄る。

「沙良!目が覚めたの!? 気分はどう?」

「……おか、あさ……ん?」

「あ、先生呼ぶわね!」

と、慌しくカーテンをめくると出て行ってしまった。

間違いなく私の母だ。なんでここに? ……私は何をしていたんだっけ?

すごく頭が重くて思考がまとまらない。

再びカーテンが開いて今度は男性が入ってきた。お母さんが「先生、どうでしょう?」と日本語で聞いている。先生? 医者? あぁ、ここは病院なのか。お母さんがいるという事は……、元の世界に帰ってきたんだ。

そこまで理解して私は再び目を閉じた。今はこれ以上考えられない。眠りに落ちる瞬間、涙が流れた。

私はハイキングに行った山で倒れていたらしい。

行方不明になっていた期間は約一週間。その間、何処にいたのか、何をしていたのかなど様々な事を聞かれたけど、一切記憶がないと言い続けた。母を始めみんな一様に怪訝な顔をして、すぐには納得してもらえなかった。だけど、ハイキングに行って山道を登っていたのは覚えているが、その後の事は本当に何も覚えていないと何度も何度も繰り返した。

結局、病人である私にそんな無理矢理聞きだす訳にもいかず、きっといろんな疲れから倒れてしまい、木や草の影に隠れたまま運悪く発見されなかったのだろうという結論に至った。一週間も行方不明になっていた割りに、貧血と左手の切り傷以外ほとんど身体に問題がないのも不思議がられたが、原因が分からないのでうやむやになってしまった部分も多い。私としては深く聞かれても困ることばかりだったため、本当に覚えていないんです、と申し訳なさそうに答えていた。

そんな日々が何日が続き、体調が回復した頃、私は退院した。

「え? 私を病院に連れてきてくれた人って日本人なの?」

「そうよ。ご両親の仕事の都合でハワイで暮らしているんですって。お母さん、英語全然出来ないし日本語が出来る人でよかったって思っちゃった。あなたがみつかった時の様子とかいろいろ聞けたし助かったわ。ホント、こういう時お父さんがいてくれたらねぇ。お父さん、日常会話くらいなら出来たから」

数年前にお父さんは病気で他界していた。どうやら英語がちょっと話せる人だったらしい。

「そっか。日本語が出来るなら私が尋ねて行っても大丈夫だよね」

私が眠っている間、その人は何度か病院に来てくれたけど、私が目覚めたと、お母さんがその人に連絡をした後は「じゃあもう大丈夫ですね」と言って、病院には来なくなってしまったようだ。

私も特に気にしていなかったんだけど、あと数日で日本に帰国することになったから、直接お礼をしようと思って聞いてみたのだ。

「そうそう、これが連絡先よ。日本に帰ったらちゃんとお礼をしようと思って、強引に住所とか聞いたの。見た目は今時の若者って感じなのにしっかりした子だったわよ〜」

と、私にメモを渡しながら話す。

「えーと、カンザキ……、神崎さんっていうのか。このローマ字で書いてあるのが住所だよね」

「そうよ。沙良1人で行ける?」

「うん、タクシーで行くから大丈夫」

「そう、お母さんも一緒に行こうかと思ったけど、病院でお礼言ったし、あまりしつこいと神埼さんも気まずいだろうからこっちで待ってるわ」

「うん、分かった。せっかくのハワイだし、買い物でもしてきたら?」

「えぇ、そのつもり。沙良の看病で全然観光もしていないのよ」

「……私のために駆けつけてきてくれたんじゃないの?」

「もちろんそうに決まってるじゃない。旅行会社の人から連絡が来た時、驚きすぎて声も出なかったわよ」

「そうだよね、ホントごめん」

「ま、結局無事だったからいいのよ」

お母さんは少し目を細めながら言った。

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