青の追憶 7

「サラちゃん、部屋の掃除終わったら裏庭の雑草とりをお願いね。あ、シーツが乾いていたら取り込んでおいて!」

「はーい!」

カリーナさん達の宿で働き始めてから、1日があっという間に過ぎていく。生活と仕事に慣れるので精一杯で、何もしていない。何もしていないというのは、元に戻る方法(つまり日本やハワイに戻る方法)を何も調べていないという事だ。

仕事は結構忙しくて、朝から夕方まで走り回っている。

宿には客室が全部で10室あって、一人用の部屋が2つ、二人用の部屋が2つ、残りは全部四人部屋だ。あとは食堂と共同のバスルームと洗面所、トイレがある。

客室はシンプルな造りで、部屋の中にベッドとテーブル&椅子、あとは荷物を入れるためのクローゼットだけだ。タオルやシャンプー、ハブラシなどは一切置いていない。ここの国ではこれが普通なのかな。

私は部屋の窓を開けると、部屋を軽く箒で掃いた。ごみをまとめ、床をモップがけする。窓やテーブルなども雑巾で拭いて、最後にベットメイキング。これがだいたいの客室掃除パターンだ。掃除はともかく、ベットメイキングはしたことがないので慣れるまで大変だった。多少の皺は勘弁してもらおう。

私のほかにも、同じような仕事をしている人が何人かいる。その中でも私はふたりの女の子と仲良くなった。

一人はアレシア。カリーナさん夫婦の娘さん。私より8つ下の17歳、キレイ系。その上、明るくてしっかりしている。学校では生徒会長とかやっていそうなタイプだ。仕事はほとんどアレシアから教えてもらった。

初めて紹介されたとき、

「サラ、いろいろ大変だったのね。事情はママから聞いているわ。ホント男ってバカよね。こっちの都合なんかおかまいなしなんだから」

と、17歳とは思えないセリフを言っていた。

もう一人はキャロル。アレシアの幼馴染で年も一緒。家も宿から近いと言っていた。キャロルはいつも微笑みを絶やさない。笑顔がほわ〜っとしている可愛らしい女の子。

私にとってはアレシアとキャロルは可愛い妹みたいな存在だ。年が8つも違うんだから、当たり前だと思う。だけど、二人の態度を見ていると私は二人より少し上ぐらいに見られているらしい。私は18歳(本当は25歳だけど)と聞かされているのかもしれない。まぁ年齢の事はどうでもいいや。

二人はとても良い子で、仕事も丁寧に教えてくれるし、私にも優しい。私はここで働くことが出来て本当によかったなぁ、と毎日思っている。

「サラー、ちょっと休憩しない?」

私が裏庭でシーツを取り込んでいる時に声が聞こえた。振り向くとアレシアとキャロルがこっちに向かって歩いてくる。

「アレシア、キャロル、もう仕事終わったの?」

「うん、だいたいね」

「仕事早いね、二人ともスゴイなぁ」

「何言ってるの、サラ。あなたはまだ働きはじめたばかりじゃない。私たちは1年以上この仕事しているのよ。嫌でも早くなるわよ」

と、キャロルに視線を向けた。

キャロルはうんうん、とうなずく。

「サラが来てくれたから、私達の仕事はずいぶん楽になったと思うよ。それまでは結構大変だったから」

と言ってくれた。そう言ってもらえると私も嬉しい。

「はい、これ。パパが分けてくれたの」

アレシアはリンゴを一つくれた。

「ありがとう! 美味しそう〜」

私はリンゴを受け取るとそのままかじった。フワッと甘い香りが広がる。うん、甘くて美味しい。

「サ、サラ」

キャロルがちょっと戸惑った様子で私を見ていた。

「ん? どうしたの二人とも。リンゴ美味しいよ?」

リンゴを食べながら私は答える。

「サラ、たまに男の子みたいな行動とるわよね」

「え?」

「女性でリンゴにそのまま噛み付いたりする人はあまりいないわよ? ちゃんとナイフも持ってきているし」

「そうなの?」

私は慌てて口元をぬぐった。

「別に誰も見ていないからいいけどね。ちょっと驚いただけ」

アレシアはふふっと笑いながら言ってくれた。

私はリンゴを切らずにそのまま食べていたからその癖が出てしまった。単に、皮をむいたりするのが面倒なだけなんだけど。

裏庭には小さなベンチが置いてある。そこに私たちは座ることにした。

「ねぇ、サラ。ハヴィスの街には慣れた?」

「え? うーん、まだセイディさんの家とここの往復しかしていないからよく分からないなぁ」

「そっかぁ、そうよね。私たちが案内してあげたい所だけど、三人とも仕事をお休みするのはさすがに無理だし」

「気にしないで。二人とも忙しいんだから時間がある時は休まないとダメだよ。私は散歩ついでにいろいろ見たりするの好きだし、それにセイディさんとウィリーがいろいろ連れて行ってくれるって」

「ルースさんって人は何かしてくれないの?」

アレシアが眉をひそめながら聞いてきた。

「ルースさん? さぁ、あまり家では会わないからよく分からない。私が仕事で早くに出ちゃうでしょう? 夜はルースさんいないことも多いし」

宿の仕事で朝の7時には私はここにいなければいけない。夜、セイディさんの家に戻ると、ルースさんは仕事だったり出かけていたりで最近あまり会っていなかった。

「何それっ! ちょっと酷いんじゃない?」

アレシアがいきなり怒りだした。

「え? 何が?」

「だって、ルースさんがサラをつれて帰ってきたんでしょう? なのに、街を案内もせず、家でも放置っておかしくない?」

「放置……は別にされていないと思うけど」

私は困ってしまった。どうやらアレシアは、ルースさんが私を放っているのが気に入らないらしい。

「ルースさんってサラの恋人?」

キャロルが言った。

「違う!」と叫んだのは私。

「サラに惚れているらしいわよ」と言ったのはアレシアだ。

「なるほど、ルースさんの片思いなのか。ふふ、サラはどう思っているの? ルースさんのこと」

キャロルは可愛い顔してズバッっと聞いてくる。

「いや、だからね、二人とも勘違いしているけど、ルースさんはそういうんじゃないのよ。えーと、なんというか私を助けてくれた人っていうか……」

「サラが難民だったところを助けてくれたんでしょう? で、そのまま惚れた」

「難民っていうのはまぁそうなんだけど、私に惚れているかどうかはちょっとわかんないなぁ、ハハ……」

ごまかすように言った。

「何言っているの。連れて帰ってきたって所でサラに惚れているのは間違いないじゃない」

「うん、私もそう思うな」

アレシアとキャロルは何を今更、という感じで言ってくる。

「あ、あのね、ルースさんが私を連れてきたっていうより……、どちらかというと私がルースさんについて行ったようなものなの」

私はしどろもどろになりがならも答えて、自分でも上手い言い訳かもと思った。そうだ、私が無理矢理お願いしてルースさんについて行った事にすれば迷惑かからないんじゃ……? 

「それでも同じことじゃない?」

アレシアは言った。

「え?」

「だから、サラが“連れて行ってください”って頼んだとしても、普通連れて帰らないって。ルースさんがサラになんらかの感情があったからこそ、わざわざ遠い所からここまで連れて来たんじゃないの?」

そうとるか。 私はこれ以上話してもややこしくなると思い、この話はやめることにした。

「とにかくね、私は難民だし、その事でセイディさん達に迷惑かけたくないの。それはわかってくれるよね? だから……、その、ルースさんが私を連れて帰ってきたとかそういう話はあまりしないでくれるとありがたいな。たぶん、ルースさんは嫌がるだろうし」

私は二人にお願いした。

「うーん、まぁサラがそういうなら仕方ないんだけどさ」

アレシアは困ったように言った。

「私はただ、この街に来たばかりでいろいろ不安もあるはずのサラに、なーんの気遣いもないその男がちょっと気にいらないだけなのよ」

「アレシアはサラが心配なんだよね」

「そうよ、私は自分の好きな人には、幸せになってもらいたいだけなんだから」

二人とも、なんて良い子達なんだろう。

「そうだね。私もサラには楽しく過ごしてもらいたいな。それはそうと、ルースさんって素敵な人? 私、見たことないんだけど」

キャロルは真面目な事を言ったと思うと、すぐに突拍子もないことを聞いてくる。

「いいこと言うわね〜。実は私も気になっていたのよ。セイディさんには会ったことあるんだけど、ルースさんはないのよね。えーといくつだっけ?」

「23だって」

私は答えた。

「そうなんだ。セイディさんの弟なら結構期待できそう。で、実際はどうなのよ? サラ」

「よく分からない。ウィリーが大きくなったらこういうふうになるのかな、と」

「全然興味ないって言い方ね」

アレシアは呆れた表情をしている。

「そう?」

別に興味ない訳じゃないけど、生活の事ばかり考えていてルースさんについて考える余裕なんてなかったし。

「性格がちょっと冷たそうな人よね。サラに惚れているならもっと紳士的にしなさいよ。って言いたい所だわ」

とアレシア。

「そうね。もし、何かあったら私たちに言ってね、サラ」

とキャロル。

「あ、ありがと……」

二人はルースさんが私に惚れているという嘘をそのまま信じている。まぁ、そういう風に伝えた私とセイディさんが原因なんだけど。ルースさんと会うとややこしい事になりそうだなぁと思った。そのうちみんな忘れてくれるといいな。

っていうか、お願いだから忘れてください。

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