青の追憶 8

ハヴィスの街に来てから1ヶ月が過ぎようとしていた。この1ヶ月で、いろいろな話を聞いてなんとなく分かってきた。

ここは私がいた世界ととても似ている『異世界』ではないか、という事だ。認めたくないけど、認めざるをえない。なんでこっちの世界に来てしまったのか、とかはまったく分からない。それよりも“どうやって帰るか”の方が重要だし。

この国の名前は“アルヴィナ”という。ハヴィスは首都。

アルヴィナは三日月みたいな形をしている国だった。周りはすべて山というか山脈に囲まれていて大陸の中央に位置している。山に囲まれているため他国との戦争などはないらしい。だけど、交流もあまりないらしい。以前ルースさんが言っていた通りだった。

アルヴィナはヨーロッパみたいな雰囲気だった。街の感じも人々の雰囲気も生活習慣もそう。だから生活に慣れるのにそんなに苦労はなかった。まぁ、ちょっと時代が古いけど。

電気がないので、灯りはランプ。車、電車などはなく、移動は徒歩か馬か馬車。もちろんテレビ、電話などの電化製品は一切なし。最初はとまどったけど、慣れればどうってことはない。

だから、ちょっと昔のヨーロッパにタイムスリップ? と考えたんだけどアルヴィナなんていう国聞いたことないし、地図も全然違うし、やっぱり異世界って考えたほうがしっくりくるのよね。

なぜか会話はできる。私には日本語で聞こえて日本語で話しているつもりなんだけど、“アルヴィナ語”を使っているらしい。要するに日本語が自動的に翻訳されているみたい。どうしてそうなったのかは分からないから、こちらも考えないことにした。

でも、読み書きはさっぱりできない。セイディさんとウィリーに少しずつ教えてもらってはいるものの、全然理解出来ない。線と曲線が組み合わさった文字なんだけど、絵というか模様にしか見えなかった。未だに「あいうえお」くらいしか見分けがつかない。いや、正直にいいます。「あいうえお」も見分けられるかどうか怪しい。

字が分からないから本が読めない。だから、情報収集は実際にいろんな人から話を聞くだけだった。でも、それもなかなか上手くいかない。というかなんて聞いていいのか分からない。 “私を元の世界に戻す方法を知っていますか?”なんて聞いたら、私は怪しい人間です。って言っているようなものだし。

幸い周囲の人にとても恵まれているので、生活は出来ている。本当にありがたい。

セイディさんは優しいし、いろいろ面倒見てくれる。ウィリーはお姉ちゃんが出来た! と喜んでくれる。仕事先のカリーナさん夫婦、アレシアとキャロルもとっても良い人だ。

だけど、セイディさんの弟、ルースさんとはあまり会話をしていない。仕事の関係でなかなか会わないというのもあるけど、避けられているなぁとなんとなく感じる。最初から面倒ごとは嫌いだ、と言っていたから仕方ないか。

♣ ♣ ♣

「サラちゃん、悪いんだけど今日は8時くらいまで働ける? ちょっと人手が足りなくて」

ある日の夕方、カリーナさんにそう言われた。

「はい、大丈夫ですよ」

私は即答。お世話になっているんだから残業くらい余裕だ。日本で仕事をしていたときは、終電で帰ることも多かったくらしだし。

「ありがとう、助かるわー。あ、でも帰る時は誰かに送らせようか?」

「平気ですよ。大きい道を通って帰りますから」

「ごめんなさいね。本当は暗くなる前に帰らせてあげたいんだけど」

カリーナさんは申し訳なさそうに言った。

私の仕事は朝の7時からだいたい夕方の4時〜5時の間に終わる事が多い。夜に歩いて帰るのは危ないだろう、と私にカリーナさんが気を使ってくれたからだ。今日はどうやら夜にくるはずの人が急用で来られなくなってしまったらしい。そんな訳で私は夜まで仕事をする事になった。

「あ、やっぱり暗い」

仕事が終わり、セイディさんの家へ帰る道を歩きながらつぶやいた。街灯がないとこんなにも暗いのかと驚く。月明りがあってよかった。もし、雲が出ていたさらに暗かっただろうし。大通りを歩いているけど少しだけ心細かった。

夜って何故かいろんな事を考えさせられる。特にこんな風に一人で歩いているときは尚更だ。 私が一人になって考えることと言えば“どうやって元の世界に戻るか”ばかり。

だってやっぱり気になる。私、行方不明者扱いになってるんじゃないかな。新聞に「旅行中に消えた日本人」なんて出ているんじゃないだろうか? お母さんも心配しているかも。なんとかして戻らないと。

もし本当にここが『異世界』なら特別な力が必要なんじゃないか、と最近思いはじめた。詳しい原理は分からないけど、空間だか時空だかを歪めてここの国に来たと思うから。

そうすると、特別な力をもった人や場所を探すのが一番よね。占い師とか超能力者とか? ちょっと違うか。……だとすると巫女とか神官。うん、こっちだろう。

一般的に考えるなら、特別な力を持った人というのはたいてい特別な所にいる。そして特別な仕事をしているのだ。となると、そういう人がいる所は……

「ハヴィス城か」

「ハヴィス城がどうかしたのか?」

「うわっ!」

考え事をしながら歩いていたので、誰かが近づいてきたことに全く気がつかなかった。

「なんだよ、その態度は」

不機嫌そうなルースさんだった。

「ル、ルースさんだったんですね。どうしたんですか? こんな所で」

「別に」

「お仕事の帰りですか?」

「違う」

じゃあ、なんでここにいるんだ? 買い物って感じでもなさそうだし。

あ、もしかして……

「私を迎えに来てくれたとか?」

まさかね、と思いつつ聞いてみる。

「セイディが、迎えに行かないから夕食は抜きだ、とか言うから」

ルースさんは明後日の方向を向きながらブツブツと答えた。

私は驚いた。いくらセイディさんに言われたとはいえ、ルースさんがわざわざ迎えにきてくれるとは思いもしなかった。

「さ、帰るぞ。俺は腹が減っているんだ」

そう言うと、ルースさんはスタスタと歩き出す。

「は、はい!」

そういえばルースさんと二人で歩くのって初めてだ。隣を歩くルースさんの顔をチラッと見上げる。

不機嫌そう。

私がいくら話題をふっても、「あぁ」「そう」「別に」といった感じの聞いているんだか聞いていないんだかわかんない返事ばかり。もうちょっと愛想よくしてくれてもいいんじゃない?

そんな訳で、ろくな会話がないまま家についた。

玄関前でいきなりルースさんが立ち止まる。

「なぁ、あんたさ」

「はい、なんでしょう?」

「どうして俺に対してそういう話し方なの?」

「なんとなくです」

本当は、ちょっと怖いからだ。

「別に普通に話してくれていいから。丁寧に話されるとなんか身体がむず痒いんだよ。あと、名前も呼び捨てでいい」

それだけ言うと、さっさとドアを開けて入ろうとする。

「あ、ルースさん!」

「ルースでいいって。で? なんだよ」

「迎えに来てくれてありがとう」

「……別に」

相変わらず素っ気無い返事だな。

でも、まぁいいや。私はルースさんが迎えに来てくれた事がただ嬉しかった。

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