青の追憶 番外編 キーファ2

ドアと開けると、カランカランと音が鳴った。

「いらっしゃいませー」

どこからともなく声が聞こえる。やっぱり昼時だから混んでるなぁ。宿経営がメインだけど、食堂も相変わらず人気あるな。ま、人が多い方が目立たなくていいや。

食堂全体を見渡せそうな席を見つけ勝手に座った。

「あら、キーファじゃない。久しぶりね」

カリーナが俺の前に水が入ったグラスを置く。

「どうも」

「ゆっくりしていって。じゃ、今日はなんにする?」

「お勧めください」

「かしこまりました。よい肉が入ったから美味しいわよー」

モーリスの料理の腕には定評があるし期待できるな。

さて、頼んだ物が出てくるまでの間にサラって奴を見つけないと。容姿は小柄ってことしか分からないが、見つけるのは簡単だ。この食堂で働いている人の中で、知らない女がいたらそれがサラである可能性が高い。

俺が座っている席から少し離れたところで客の注文をとっているのが、カリーナの娘、アレシアだな。で、その奥で食器を片付けているのが、もうひとりの従業員の女の子だ。この子の名前を知らないが顔はわかる。後は……、カリーナだろ。他はいねーな。もしかして今日は休みだったか? というか、食堂じゃなくて宿の方で働いているかもしれなかったな。宿の食堂に行けば会えるだろうと思い込んで来たけど早まったか? 

別の日に出直さないとダメかもな、と諦めかけたその時、厨房の少し奥にあるドアから1人の女が出てきた。黒髪の小柄な女だ。あ、もしかして……。

「サラちゃん、早速だけと料理を運んでくれる?」

カリーナが話しかけている声がかすかに聞こえた。やっぱり。あいつがサラか。店内を見るフリをして様子を観察する。本当に小さい女だな。細ぇし。

見た目は……、可愛いに入る部類か。美人ではない。でも、そこそこなんじゃねぇの? 母さんが言っていた小さくて可愛い子というのは、今回はまぁ当たりだな。ルースが言っていた普通で変な女、というのは確認しようがねぇよ。俺には普通に見えるけどなぁ。色気がどうのこうのに関してはなんともいえないが、パッと見た感じでは無い。

それにしてもあんなに細くて重いもの持てるのかよ? と疑いながら見ていたら、食器を重ねて軽々と持ち上げていた。……意外と力はあるみたいだ。しかも重い食器を持ったまま、客と談笑してる。

「お待たせ」

カリーナがテーブルに肉のソテーと野菜の炒め物が盛られた皿、パン、飲み物を並べる。美味そうだ。香ばしい匂いが食欲をそそるな。

ナイフとフォークを手に取りながらさりげなく「あの人、最近入った人?」とサラの方向をちらっと見ながら尋ねた。

「サラちゃん? えぇ、そうよ」

「そうなんだ」

わざとらしく頷く。

「よく働いてくれるから助かるわ」

カリーナを呼ぶ声が厨房から聞こえた。

「あら、モーリスが呼んでるわ。じゃあキーファ、ゆっくり食べていきなさいね」

トレーを抱えて厨房へと入っていく。カリーナが行った後、俺は昼食を食べながら引き続きサラの様子を見ていた。ふーん、本当に働き者だな。これだけ客が多いと当たり前なんだろうが、とにかくよく動いている。時々、客に呼び止められて話をしているのも気になった。会話が聞こえないから何を話しているのかは分からないが楽しそうだ。明るい笑い声が俺のいる所まで聞こえる。ここの仕事にも慣れてきて、常連の客とも上手くやっている感じがする。第一、難民なら無理して故郷に戻らなくてもいいんじゃねぇの? やっぱり何かあるのか?

しばらく考えていたが諦めた。分かんねぇ。ま、とりあえず姿も見ることが出来たし、メシも食ったし帰るか。一人で黙々と食べていたから、あっというまに食べ終わった。

今度ルースに会ったら、サラは男の客からしょっちゅう声かけられてたぞ、と言ってやろう。実際は女の客ともたくさん話していたけど“男の客”と強調して言ったらあいつがどんな反応を見せるのか楽しみだな。俺はルースの友人だが、面白そうな事になるならこのくらいの嘘は平気でつく。いいんだよ、このくらいは。ルースだって俺の性格くらい分かってるだろ。

店を出て、さー帰るかと歩き出してすぐに気がついた。さっきまで店内にいたサラが路地裏にいるじゃねーか。何してんだ? と大通りから路地を覗き込むと、手に大きい袋を二つ持っている。ゴミ捨てにきたのか。働くねぇ。何気なくそのまま様子を見ていたら、サラは一旦袋を地面に置き、ゴミをまとめて入れておく箱の蓋を開けた。「よし」と呟いた後、重そうな袋を両方持ち上げて「せーの」と箱に入れようとしている。そりゃ無理なんじゃねーの? と心の中で思っていたら「やっぱダメか」と言いながらドサッと袋を地面に下ろした。「力落ちたなー。昔はこのくらい余裕で持てたのに。運動しないとダメだな……」と更に独り言を言っている。なんだこの女。ちょっと面白い。俺にはその言動が妙にウケた。笑いながら近づくと、両手を伸ばして袋を持ち上げドサドサっと箱に放り込む。

いきなり現れた手にビックリして、サラは俺の方を振り向く。

「他にゴミはねーのか?」

「え? あ、はい」

「じゃあ閉めるぞ」

パタン、と蓋を閉じる。するとサラはいきなり頭を下げてきた。

「す、すみません」

「あれはあんたには重いだろ」

「いえ、一つずつ持てば大丈夫だったんです。だけど私が面倒くさがったから……。ありがとうございます。助かりました」

一気に言うと俺を見て、あれ? という顔をした。

「もしかして、さっき食堂に……」

「あぁ。久しぶりに行ったんだ」

「ごめんなさい! お客さんに手伝わせちゃって」

また謝られた。

「店を出たら客じゃないから気にするなって」

「でも」

「いーんだよ。俺はこう見えても紳士なんだぜ? 可愛い子ちゃんが困っていたら助けるのが俺の信念なんだよ」

サラは一瞬ポカンとした表情をした後、腹を抱えて笑い出した。

「あははっ!! か、可愛い子ちゃんって! ルパンみたい!」

ゲラゲラと笑っている。おー、こういう笑い方もするのか。結構フレンドリーに話せそうな女だな。

「ルバン? 何だそれ」

とりあえず気になった事を聞いてみる。

「い、いえ。こっちの話なんで気にしないでください」

あーおかしい、と何度も言っている。屈託無く笑う顔は子供みたいだ。

「じゃあ、仕事頑張ってな」

ルパンっていうのはちょっと気になったが、ルースからあまり余計な事を話すな、と釘をさされていたので立ち去ろうとした。

「あ、ちょっと」

「ん?」

「助けてもらったのに笑ってばかりでごめんなさい」

そんなに謝らなくてもいいのに。クセなのか?

「いいよ、別に。気にするなってさっきも言っただろ」

俺は笑いながら言った。ゴミを持っただけで、ここまで丁寧に言われるとは思わなかった。

「ありがとうございます。あの、また食堂に来て下さいね」

サラはにっこりと笑った。

「……またな」

帰り道に、さっきの事を思い出していた。

いろんな客がサラに話しかける理由が分かったような気がする。

サラは……笑顔がいいんだ。

働いている時も、しょっちゅう笑っていた。

もちろん店の雰囲気がいいのもあるんだろうけど、サラが持っている笑顔はなかなかの武器だな。

女は泣いている顔より笑っている顔の方がいいしなー。

さーて、ルースに会ったとき、どういう風にからかってやろうかな。

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