青の追憶 番外編 2

山の麓に着く頃にはほとんど走っていた。

とりあえず、ウィリーとアイツが出会った場所へ向かう。体力に自信があるとはいえ、走りっぱなしはさすがに疲れる。山道を半分くらい登ったときに、ふと思い出した。そういや、以前ここに来たとき、ウィリーと一緒に川へ行ったな。気に入ったとか言っていたような……。もしかして、山の奥ではなくて川に行っているのか? 

俺は立ち止まった。山の奥は危ないって事は分かっているはずだ。それに熱もある。わざわざ危ないところに行くとは考えにくい。そう結論を出した俺は方向を変え、川がある方へと走った。

木々の間を走りながら考える。

あー、本当に変な女だ。大人しく家で寝てればいいものを。もし、何かあったら自分の身が危険だとは思わないのだろうか? フラフラな状態なのに。だいたい、あいつはちょっと危機感が薄い。だから、フレッドなんかにひっかかるんだ。

アイツの首筋についていた痕を思い出して、思わず眉をしかめた。その時のことを思い出すと、イラつくんだよな。俺には関係ないのに、なんかモヤモヤする。フレッドの事が嫌いだからだろうか。

「あー、くそっ!」

俺はその事を振り払うように首を振った。

しばらくすると水が流れる音が聞こえてきた。川沿いに人間の姿が見える。大きな石に座って川を眺めている女が一人。顔までは見えないが、間違いない。アイツだ。

 

「サラ!!」

 

俺は叫んだ。

川を見ていたアイツは、一瞬肩をビクッと震わせたあと、こちら側を見た。

「こんな所で何してるんだよ!」

目を大きく見開きながら俺を見上げる。俺がここにいる事に驚いているようだった。

「いつまで経っても家に戻ってこないから、医者の所だろうと思って迎えに行ったら、かなり前に帰ったって言われるし。一体、何をしていたんだ?」

「何って……、散歩」

散歩? 訳がわからない。

「なんで熱があるときにわざわざ散歩なんだ? しかも山の中」

「ちょっと気分転換に」

「……何かあったのか?」

「いや、別に何もない、です」

「なんだ、その歯切れの悪い言い方は」

視線を気まずそうに逸らし、拗ねたような表情をしている。

俺はじっとその顔を見た。ケガはなさそうだな。熱があるせいか、顔が少し赤い。肌が白いから分かりやすいんだよな。なんとなく目も潤んでいるように見える。唇を薄く開き、浅く呼吸を繰り返していた。

俺は店の主人の言葉を思い出した。言われて見れば、少し、ほんの少しだけ色っぽい……か? 普段がなぁ、ウィリーと一緒に元気よく遊んでいる子供みたいな奴だからな。今日の姿は確かに、いつもと違うかも。

って俺は何を考えているんだ! ヤバイ、なんか顔が熱くなってきた。汗を拭いながら少し焦った。さっさと帰ろう。きっと走りすぎていろいろ疲れたに違いない。だから思考もおかしくなるんだ。

「帰るぞ。これ以上カゼが酷くなると、セイディに俺が叱られる」

「なんで?」

川を見ていた視線が俺に戻る。

「メモに書いてあったんだよ。しっかり看病しろって。あんたの症状が酷くなっていたら俺のせいだって」

「ごめんなさい」

「いいよ、別に」

と、言ったものの、大人しく家に帰ってきていればこんな所まで探しにこなくてすんだのに、とも思う。

「あの、もしかしていろいろ探してくれたの?」

俺の顔をじっと見ながら言った。

「あぁ」なんて言える訳ねーだろうがっ!

女一人を探して、走っていたなんて言えない。あの店にもこいつと一緒には近づかないほうがいいな。店の主人に何を言われるか想像しただけでも怖い。

「別に」

それしか言えなかった。

何かを探るような表情をしながらこちらを見ている。すると、持っていたタオルを川の水で少し濡らし、俺の額に押し当ててきた。

「本当にごめんね。えーと、その、あと、ありがとう」

ごめんね、ありがとう、と一気に言われても。まぁ、きっと俺が自分の事を探していたという事を分かっているのだろう。そのお礼らしい。っていうか、汗を拭いてもらっているこの状態ってなんかやけに恥ずかしい。

「タオルが必要なのはあんたの方だろうが」

と、ごまかした。

「私、そんなに熱があるように見える?」

見える。あのお店の主人も気づいたくらいだ。

「あぁ。もう行くぞ」

俺は少し迷ったが、背を向けてしゃがみこんだ。

「どうしたの?」

とまどったような声だった。

「乗れ」

「……」

「早く乗れ。背負ったほうが早く帰れる」

フラフラと足元がおぼつかないやつを歩かせるのはさすがに気がひける。病人だしな。沈黙があったあと、こんな事を言ってきた。

「普通さ、両腕でそっと抱き上げるんじゃないの?」

冗談じゃない。あんな恥ずかしい事できるか。第一、ああいう抱え方は腕が疲れるに違いない。やった事がないから分からないが。

「あれは腕が疲れるんだ。それに山の中を歩くのに足元が見えないのは危ない。はやくしないと荷物みたいに担ぐぞ」

後ろで動く気配がした。

「えーと、お邪魔します」

と、意味の分からない事を言いながらそっと俺の肩に手を乗せてくる。

背中に乗ったよな?

「行くぞ」

俺は立ち上がった。

「うわっ」

と、小さい声が聞こえ、そして俺にしがみついてきた。

俺は歩き始めてから、こいつを背負ったことを少し後悔していた。重いからではない。なんというか、妙に意識してしまうのだ。……柔らかいことを。

子供を背負う感覚でいたけど、違った。コイツは子供じゃなくて大人だ。しかも女なんだと今頃気が付いた。ウィリーと遊んでいる姿とか見ていると、大人の女に見えなかった。小柄だし、そんなに肉付きが良いように見えない。ついでに色気も全然ない。本当に25か? と何度も思った。

だけど今は、コイツも女なんだなぁと思う。ふわふわしているし、俺の首筋に長い髪の毛が触れたりする。くすぐったい。それよりも気になるのが、背中にあたる柔らかいものだ。俺も男だ。胸があたればやっぱり気になる。決して変態ではない。男とはそういうものだ。……たぶん。考えちゃいけない、気にしてはいけないと思えば思うほど、意識してしまう。

「本当にごめん」

「謝らなくていい」

考えていた事を悟られたくなくて、口調が冷たくなった。

「う、うん。あ、重くない?」

「重い」

反射的にそう答えていた。重いというより、柔らかいという事の方が気になる。

「お世辞でも軽いって言えないの?」

少し怒ったような口調に聞こえた。軽いって言ったほうがよかったのか。

「ウィリーよりは重い」

と、曖昧に訂正しておいた。

山の中を慎重に歩く。俺は荷物を運んでいるだけだ、と思い込もうとしていた。

「ルース」

「今度はなんだ?」

正直な所、会話をするとボロが出そうで怖い。変な事を口走ったりしたいように気をつけなければ。

「あのさ、さっき初めて名前呼んでくれたよね」

「……」

「私、ちょっと嬉しかったな。家族って認めてくれたような気がして」

よりによってそんな話かよ。そういや本人の前で“サラ”と名前を呼んだのは初めてかもしれない。いつも“あんた”だったような気がする。まぁ、名前を呼ぶほど会話をしていない、とも言える。っていうか、耳元で話しかけないでくれ。息づかいとか聞こえてきて落ちつかねー。

「さっき、ずっと考えていたんだけど。もし、もしも、元の世界に戻る事が出来なかったら、私、セイディさんの家にいてもいいかな?」

……そういや、元の世界に戻る方法を探していたんだったな。前に神官がどーのこーのって言っていたし。この口調だと、戻る方法は見つかっていないのか。まぁ、そう簡単に見つかるとは思えないけど。で、もし戻れなかったらどうやって生きていこう? と悩んでいたって所か。

「いいんじゃないか? セイディもウィリーもあんたの事を家族と思っているみたいだし」

俺は思っていることをそのまま言った。こいつが家を出るといっても、セイディが引き止めるに違いない。俺が家を出ると言ったら「あらそう」で終わりそうだが。ウィリーは泣くだろう。最初から懐いていたしな。

「ルースは?」

「は?」

俺にも聞いてくるとは思わなかった。

「ルースはどう思う? 私がいても邪魔だとか思わない? 一番最初、反対していたでしょ」

「反対は……、してない」

冗談じゃないとは思ったが、反対まではしてない。

「怒っていたように見えたけど」

「怒ってもいない」

戸惑っただけだ。本当に怒っていたり反対してしたら、とっくのとうに家を出ている。まだ俺があの家にいるって事は、一緒に生活するのも悪くないって思っているのか。自分の事なのに気が付かなかったな。

あの家に居ていいのかどうかなんて聞くまでもないと思う。今まで一緒に過ごしてきたのが何よりの証拠だ。こいつの事が嫌なら、セイディもウィリーもあんなに楽しそうに暮らしていない。俺も家を出ているはずだだから、後は本人の気持ちだと思う。

「俺は、あんたが居たい所にいればいいと思う」

「え?」

「……サラが居たいと思う場所、そこにいればいいと思う」

サラが一緒に住む事になったとき、セイディは「家族になるんだから仲良くするのよ」と言った。謎の女と仲良くできるわけないだろ、と思っていた。だけど、いつの間にか俺もサラの事を家族の一人と思っているみたいだ。関係ないと思っていても、どこかで心配しているのはそのせいだ。

「そっか。じゃあ、もし戻れなかったら、一生セイディさんのお家で暮らそうかな」

少し嬉しそうな声に聞こえた。

「そうしたいならそうすればいい」

サラがずっといれば、セイディやウィリーは喜ぶに違いない。俺は……。まぁ、家族が増えるのは嫌な事ではない。

俺を抱きしめるようにサラの腕に力が軽く入る。み、密着するなっ! せっかく忘れかけていたのに、また思い出すじゃねーか。

「私、こっちの世界に来て、初めて出合った人がウィリーで良かったな。ウィリーの家族がセイディさんとルースで本当に良かった」

だからそういうセリフを耳元で言うんじゃねー! 俺の心臓、なんかバクバクしているかも。落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせていると、後ろが静かになった。

聞こえてくる規則正しい呼吸。……寝てる? 寝てるのか! ありがたい、そのほうが助かる。

俺は何も考えないようにしながら家へと急いだ。

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