青の追憶 番外編 3

家に戻りサラを寝かせたあと、俺は自分の部屋に戻ってバタリとベットに倒れこんだ。セイディのメモには“しっかり看病しなさいよ”とあったが、カゼをひいている人間に看病もなにもない。静かに寝かせるのが一番のはずだ。だから、さっさと戻ってきた。っていうか、あまり近くにいるとな……。

眠ろうと思って目を閉じたのに、なんか眠れない。ベッドの上で寝返りをしたあと、はぁーとため息をつく。ダメだ。さっきの事を思い出してしまい落ち着かない。柔らかい感触とか、耳元で話しかけられた時の息づかいとか、熱のせいか上気した頬とか。たかがあれくらいの事で情けねぇなぁ、俺も。

よく考えればたいした事ではない。家族みたいなものなんだから。きっとサラは何も気にしていないに違いない。俺のこと、弟ぐらいにしか思っていないだろう。男としては意識されてないだろうなぁ。……別にいいけど。

でも、フレッドの事は男として意識しているらしいからちょっと腹がたつ。本人からきちんと話を聞いたわけではないが、以前首筋につけてきた痣の相手は奴だ。というか、最初は本当に相手がフレッドかどうか半信半疑だったが、この間確定した。サラではなく、フレッド本人から聞かされたのだ。

俺はフレッドが嫌いだ。向こうも俺の事が嫌いらしい。どんなに仲良くしようと努力しても、合わない奴は合わないのだ。まぁ、こちらから仲良くしようと努力はしていないが。第一印象でなんとなく合わないな、と思った奴と仲良くなろうと努力するほど俺は出来た人間ではない。一人くらいそういう人間もいるだろう、と放っておいた。フレッドと出合ったのは学校だが、会話をすることはほとんどないまま卒業した。

そんな訳でほとんど関わりがない。というか、家の場所も離れているし、仕事も違うし、会う事はほとんどない。だからこの間フレッドの方から話しかけられた時は驚いた。街で姿を見ることはあっても、会話をすることは全然なかったからだ。

♣ ♣ ♣

「久しぶりだね」

聞いた事のある声に振り返ると、そこにはフレッドが笑顔で立っていた。驚きながらも適当に返事をし、さっさと立ち去ろうとした時だ。

「今、君のところにサラがいるんだろう?」

足が止まった。なんでいきなりそんな事を言い出すんだ? 不審に思った事が思いっきり表情に出ていたのだろう。

「なんでそんな事を聞くんだ? って表情だね。僕は仕事でカリーナの所に行っているんだよ。それで知ったんだ」

とフレッドが言った。俺は納得した。でも、サラが家にいるからなんなんだ?

「サラは働き者だよね。小さい体でちょこまかと動き回っている姿をよく見るよ」

「だから?」

「僕、ちょっとサラに興味があってさ」

「ふーん、そう」

「ルースは気にならないの?」

「別に」

「本当に?」

「何が言いたいんだよ」

俺は少しイラついた。

フレッドは少し驚いたようだった。

「自分で分かっていないんだ。そういえば、昔からそういうのを考えるのが苦手だったか」

「はぁ?」

「これは意外とチャンスかもな。自分で気が付いたとき、すでに他人のモノになっていた、というのは結構ショックだしね」

言っている事がさっぱりわからない。

「フレッド、用件だけ言ってくれ。俺に用事があったのか?」

「特にないよ。話に来ただけだから」

「だから何の話がしたいんだ? サラに興味があるのは分かったが、それは俺には何の関係もない」

「何の関係もない事はないだろう? 君がサラが連れてきたんだし」

「連れてきたっていうか……」

ウィリーを探していたら、たまたま一緒にいたんだけどな。説明するのが面倒くさいから、放っておいた。

「まぁ、いいや。僕が君に話したかったことはね、少し前にサラはなんかおかしくなかった? って事なんだ」

別におかしい事なんてなかったと思うけどな。……あ、そういやサラが街中をすごい勢いで走っていた日があったな。その後、フレッドの話題が出て、それで確かサラの首筋に痕がついているのを見つけて……。

「やっぱりあれはお前だったのか?」

と呟いていた。フレッドはニヤリ(俺にはそう見えた)と笑った。

「サラは抱き心地がいいよね。肌も白いから目立ったかな? 鈍い君が気が付いたくらいだし」

思わず顔をしかめた。サラが誰と何をしようと関係ないと思っていたが、不愉快だった。

「サラはあまりそういう事に慣れていないのかもね。かすかに震えていたのが可愛らしかったな」

と、挑発するかのように言ってくる。

「そんな事をいちいち俺に言わなくてもいいだろ」

それだけ言うと、俺は歩き出した。

「やっぱり大切なんだね。早く気が付いたほうがいいよ?」

後ろからどこか勝ち誇ったようなフレッドの声が聞こえた。

♣ ♣ ♣

何度思い出しても腹が立つ。フレッドは一体俺に何が言いたいんだ? 自分とサラが仲が良い事を見せ付けたいだけなんだろうか。

それにしてもあんな奴にひっかかるサラにも少し腹が立つ。フレッドは表面上は好青年だが、俺に言わせれば性格がちょっと歪んでいるような気がする。見る目ないんじゃねーの? 元の世界でもろくでもない男にひっかかっていたのではないだろうか? と余計な心配までしてしまう。っていうか、俺がここまで気にする必要ないんだよなぁ。なのにどうして考えてしまうのだろう? あー、もう訳わかんねぇ。

疲れているんだ。そうだ、きっと。だから余計な事まで考えてしまうんだ。寝よう、寝よう。俺はベットに潜り込み、セイディが帰ってくるまで、寝ることにした。

 

「ちょっと、しっかり看病していたの? サラ、眠ったままじゃない」

夕食の時間、セイディが俺を見ながら言ってきた。

「病人なんだから眠っていて当たり前だろうが」

「でも、朝からほとんど食べていないのよ? やっぱり心配だわ」

「食欲なんてそのうち戻るって」

「なんか、言い方が冷たいわね」

「別に、いつもと一緒だ」

セイディの目が一瞬冷たくなった。

「……まさか、病人のサラに何か変な事したんじゃないでしょうね?」

「する訳ねーだろうがっ! 俺がそんなに信用ないなら、看病なんて頼むな!」

「変な事ってなにー?」

ウィリーの無邪気な声が響く。

夕食の時間になっても、サラは眠ったままだった。かなり深く眠っているらしい。

「本当に?」

「俺は何もしてねーよ!」

「ルース、サラに何したの?」

ウィリーの質問は直球だ。子供はこれだから怖い。

「まぁいいわ。信じてあげる」

「ねぇねぇ、サラは大丈夫なの?」

「えぇ、きっとすぐ元気になるわよ。ルースが何もしていなければ」

「だから、俺は何もしてない。あと、そういう事をウィリーに言うなよ」

「何言っているの? ウィリーには女性を大切にする精神を教えておかないと。ルースみたいな野蛮人になったら困るものね〜」

「俺は一体なんなんだよ……」

「サラ、早く元気になるといいね!」

ウィリーはどこまでも無邪気だ。

 

全然眠くならない。昼寝したからか? 本を読むのも疲れてきたし、そろそろ部屋で休むか、とソファから立ち上がる。ランプの灯りがゆれた。

「セイディさん?」

居間に少し掠れた声が聞こえた。

「あ、ルースだったんだ。まだ寝ないの?」

ゆっくりと歩きながらサラが言った。

「あ、あぁ。あまり眠くなかったから、本を読んでいたんだ」

「そう」

「もう、具合はいいのか?」

居間にはランプの灯りしかないから少し暗い。顔色がよくわからなかった。

「うん。朝よりはマシになったと思うんだけど、まだダルイかな」

「食欲は出てきたのか?」

「あんまりないんだけど、何か食べたほうがいいと思って……」

それで、1階に下りてきたのか。

「少し待ってろ。セイディが作ってくれたスープを温めて持ってきてやる」

「え? いいよ。自分で出来るから」

「いいから座ってろ。そのくらいはやってやる」

「ありがとう」

サラは動きがやはりフラフラしている。まだ、調子はよくないらしい。俺は手早くスープを温めると、サラの所へ持っていった。

「ほら」

「あ、ありがと。いただきます」

サラはスプーンでゆっくりとスープを飲み始めた。

「美味しい」

俺はその姿を眺めていた。なんか、一回り小さくなっていないか? 1日何も食べていないって言っていたしな……。元々小さいのに、これ以上小さくなったら身体がもたねぇんじゃないのか? 仕事は大丈夫なのか? カリーナの宿は忙しいと聞いているけど。

「ルース、どうかしたの?」

ぼーっとそんな事を考えていたら、いきなり話しかけられた。

「え? いや、別にどうもしないけど」

「そう? なんか考え事でもしているのかと思った」

考え事といえば考え事だけど。

「なぁ、仕事はどうなんだ?」

「どうなんだ? って何が?」

「辛くないのか?」

「まぁ、忙しいときは大変だけど、辛いと思ったことはないよ。仕事が出来るだけでも有難いから」

俺の目をまっすぐ見ながらサラは言う。

「そうか」

「うん。だから本当は明日も仕事に行きたいんだけど……」

「行く気なのか? そんな状態で?」

何を考えているのだ、この女は。俺はつい責めるような口調になってしまった。

「いや、行かないって。カゼをひいたままで仕事しても迷惑になるって事ぐらい、私にも分かるし」

スープに視線を落としながらサラは言う。なんか俺が叱っているみたいじゃないか。

「あー、その、怒っている訳じゃないから。病気の時ぐらい、ゆっくり休んだほうがいい」

ボソボソと弁解するようにつぶやいた。

「今日のルースはいつもと違うね。何かあったの?」

と、サラは笑いながら言う。何かあったとしたら、サラに振り回されて終わったってだけだよなぁ。 コイツを探しまわって、なんか妙に意識してしまって……。改めてサラを見る。

俺を見ている瞳には、ランプの灯りがかすかにうつっていた。なんか……、昼間とはまた違う雰囲気で戸惑う。視線を少し下に下げると、細い首が目に入った。フレッドとの会話を思い出した。もう、痕は消えたのか。

「フレッド…とは、付き合っているのか?」

「え?」

「いや、やっぱりなんでもない」

サラの怪訝な表情を見て、俺は慌てた。いきなりフレッドの話題を持ち出すのは変すぎる。

「……フレッドさんが何か言っていたの?」

気まずそうに言った。

「悪い。その、前にも言ったけど、それでもフレッドが好きなら仕方ないしな」

サラはますます訳が分からないという表情だった。

「私、フレッドさんを好きなんて言った?」

「は? 違うのか?」

「やめてよ、そんな訳ないじゃない」

え? 違うのか?

「フレッドと付き合っているんじゃないのか?」

「付き合ってない」

「でも、少し前に首に……」

そこまで言った時、サラが固まった。俺が見ても分かるくらいに、みるみる顔が赤くなっていく。

「あ、あれは……、無理矢理……」

小さな声だったが、静かな居間ではよく聞こえた。

「無理矢理?」

心がザワつく。無理矢理ってどういうことだ?

「とにかく、フレッドさんとは何にもないから。わ、私、もう寝る。ご馳走様でした」

椅子から立ち上がり歩き始めた瞬間、いきなりしゃがみこんだ。

「おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。少し立ちくらみしただけだから……」

頭を抑えながら立ち上がろうとし、転びそうになる。

「わっ、バカ!」

俺は小さく叫ぶと、慌ててサラに駆け寄り身体を受け止めた。

「急に立ち上がったら危ないだろうが」

「……」

「まだ、気分悪いのか?」

サラは俯いたまま動かない。

「おい、大丈夫なのか?」

「……うん」

かすかに声が聞こえた。

そこで俺は気がついた。この状況、なんかヤバくないか? 夜だし、周りに人がいないし、俺はサラを抱きしめている状態だし……。気がついてしまうと余計に焦った。ここはさりげなく話しかけながら距離を置いたほうがいいのか? いや、待てよ。今、何か話したら俺が動揺しているのがバレてしまいそうだな。それはなんか癪にさわる。というか、サラはさっきから何も言わず大人しいけど、なんとも思っていないのか? 俺だけこんなに動揺しているのか? 腕の中にいるサラをそっと見たけど、俯いているため表情が分からなかった。

すぐに離れなければ、と頭では思うのに身体が金縛りにあったかのように動かない。腕の中の温もりが気持ちよくて、離れがたいというか……。だんだんと頭がボーっとしてきて、あまり考えられなくなってきた。

「ル、ルース。ちょっと苦しいんだけど……」

「え?」

遠慮がちな声が聞こえ、ボーっとしていた頭が現実に引き戻された。サラが俺を見上げなら困った表情をしていた。いつの間にか、思いっきり抱きしめていたようだった。

「あ、わ、悪い」

腕の力を少し抜いた。サラがホッとしたように力が抜けるのが分かった。といっても、相変わらず微妙な空気が流れている。離れればいいだけだとわかっているのに、なぜがそれが出来ない。サラを軽く抱きしめながら思う。やっぱりフワフワした感じあるよな。細いように見えたけど意外と抱き心地がいいし……。って俺はなんでフレッドみたいな事を思っているんだ! ん? フレッド? そういやさっき……。

「なぁ」

「な、何?」

「首筋のアレはフレッドに無理矢理されたのか?」

サラの身体がビクッと反応した。

「あ、あれは……」

そのまま黙ってしまった。という事は本当ってことか。

「サラ」

「……はい」

「他には何もされていないな?」

「うん」

「フレッドには近づかないほうがいい」

「私もそう思う」

「にしても、逃げることが出来てラッキーだったな」

「頭突きしたから」

「頭突き?」

「そう。あのとき、いきなり抱きしめられて……。だから頭突きをしてフレッドさんが怯んだ隙に逃げてきた」

「あぁ、だからおでこ辺りが腫れていたのか」

「そう」

「お前、おもしろいな」

「あのね、すごく怖かったんですけど」

「……悪かった」

「本当に悪いと思ってんの? 顔が笑ってるけど」

頭突きして逃げてきたって聞いたことがない。だから少しおかしかった。

「ルースって背が高いよね。それに落ち着く」

「は?」

いきなり話が変わったと思ったら、サラは俺の胸に顔をうずめるようにして呟いた。

「フレッドさんに触られたときは気持ち悪かったのに、ルースは平気だなぁ」

そんな事をブツブツ言いながら、俺の背中に腕を回してきた。

「もう少しだけ、このままでいてもいい?」

「あ、あぁ。いいけど」

しばらく無言のままだった。俺はぼんやりとさっきの会話を思い出していた。フレッドの事が好きな訳ではないのか。なんか少しほっとした。でも、キスマークをつけられるなんてサラも無防備すぎる。たまたま逃げることが出来たからよかったものの、もっと危ない目にあっていたかもしれない。仕事とかには責任感があってしっかりしているくせに、そういう所は妙に抜けている。なんか危なっかしいんだよな、こいつ。だから気になるのか……?

腕の中に収まる小柄な女を見る。サラは目を閉じていた。……寝ていないよな? にしても、さっきから腕にサラの髪の毛があたってくすぐったい。こいつの髪は柔らかくてさわり心地がいい。俺はサラの髪の毛を梳くように髪の間に手を入れた。サラが少し動いたような気がしたけど、気にしない。髪を思う存分にもてあそんだ。首筋にふれ、そのまま鎖骨へと指を滑らせる。

今度は驚いたようにサラが俺を見上げてきた。

「ルース……?」

「確か、この辺りだったよな」

フレッドが触れたと思われる場所を指で押さえた。

「え? え?」

サラが目を泳がせた。さっきは俺に抱きつくような行動をしておきながら、なぜか妙に慌てている。素早くサラの首筋に唇を落とした。そのままの状態でギュッと抱きしめる。耳元で息を飲むのが聞こえた。暖かいぬくもりを抱きしめながら、サラの肌に何度も触れた。本当に無意識だった。

「あ、あの……」

サラの声が耳元で聞こえて、それでやっと我に返った。

俺、今、すげー危ないことしていないか? このままじゃヤバイ。俺はサラの身体を支えながら距離をとった。

「めまいは治まったか?」

サラの顔が見られない。

「え? うん」

「じゃ、もう寝ろ」

そう言って手をパッと離した。サラはどうしていいかわからないという表情をして、視線を少し泳がせた。

「おやすみ」

と言って2階へと上がっていった。

パタンとサラの部屋のドアが閉まる音が聞こえた瞬間、俺は座り込んだ。自分の頭をかきむしる。やばかった。本当にやばかった。自分でいうのもなんだが、よく我慢したと思う。

今の所、サラに対して恋愛感情はない。家族愛といったほうが正しい。だけど、さっきみたいな事をしてしまったって事は……。いや、深い意味はない。なんか抱き心地が良かったのと、ちょっとボーっとしていたからつい触れてしまったんだ。ウィリーを抱っこするのと一緒だ。そうに違いない。

俺はそう思いながらも、しばらくその場を動けなかった。

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